ひきこもりの心の病理

ひきこもりと心の病

40%の人が一度は経験する心の病気

一般の方々には、まだまだ精神障害に対する誤解が多いと思う。
すでにひきこもりとの関係で精神障害についても多少触れてきたが、ここで精神障害について、少し説明しておきたい。

以前は心の病気のことを精神病とか神経症(ノイローゼ)と呼んでいた。
しかし、最近では、アメリカ精神医学会を中心として「精神障害」という言葉が正式に採用され、「障害」としてとらえるようになっている。
つまり、「病」ではなく「障害」ということである。
このことは、心の病気の場合、身体の病気とは、診断の仕方が違うということを示している。

身体の病気の場合、本人が問題なく社会生活を送っていたとしても、検査の結果、何らかの異常が見つかったなら、あきらかに病気といえる。
しかし、心の病気の場合には、そうではない。
極端にいえば、たとえ本人がうつ気分で苦しんでいたとしても、社会に何とか適応しながら日常生活を送ることができていれば、病気とはみなしにくい。

心の病気の場合に基準になるのは、「日常生活に適応できているかどうか」である。
日常生活に適応できず、支障が出ている場合にのみ「精神に障害がある」と診断するのが、最近の精神医学会の基準になっている。

ここでは「心の病気」という言葉を使っているが、「精神障害」という言葉よりも、一般の人たちにわかりやすいからである。
また、「精神障害」という言葉も、まだ一般の人たちには浸透しておらず、そこから受けるイメージが従来の精神病(重症の精神分裂病などのイメージ)に近く、誤解を招きやすいということがある。

精神科医は、おおよそ次のような基準で「心の病気(精神障害)」を診断している。

  1. 本人が日常生活を送れないほどの不安や苦労を感じている。
  2. 社会的なルールにうまく適応できず、人に迷惑をかけたり、自分自身が不都合を感じている。
  3. 自分がやろうとしている目的が果たせないでいる。これは、日常の生活能力が落ちていることであり、自分の人生に目標を掲げられる状態ではない。

これを見るとおわかりと思うが、心の病気(精神障害)はけっして特別な人だけがなるものではない。

アメリカでは、近年「約40%の人が一生の間に一度は精神障害を経験する」という調査結果が出ているほどである。
心の病気(精神障害)は、半数の近くの人が体験するくらい、ある意味で一般的なものだといえる。

心の病気への誤解を解く

一般的な心の病気については、「ストレス―素質・モデル」といって、人が生まれつき持っている「遺伝的な素質」(その人が持っているストレスに対する弱さ)と、その人にかかってくる「ストレス」がお互いに関係していると考えられている。
つまり、「遺伝的な素質」と「ストレス」とのバランスによって心の病気になるということである。

ストレスに強い素質の人ならば、病気にならずにすむレベルのストレスでも、もともとストレスに弱い人が受けると、心の病気になってしまう。
逆にストレスに強い素質の人でも、ストレスがあまりに強ければ、心の病気になることもあるわけだ。

現代のように、さまざまな局面でストレスが強くかかるような生活では、誰でも心の病気にかかる可能性はある。
だからこそ、心の病気に対する偏見は捨てていただきたいのだ。

子どもが何年間もひきこもっているのに、自分の子どもは心の病気(精神障害)ではないと思いたいのは、逆に心の病気に対する恐れや偏見に囚われているからではないだろうか。

何年間もひきこもっている子どもを、腫れ物に触るようにただそっとしておくだけでは、かえって子どもの心の病気をこじらせてしまうことになりかねない。

まず、心の病気についての偏見を取り除いて現実を直視してほしいと思う。

また、不登校やひきこもりは精神障害ではない、それは社会が悪いからであり、子どもたちの当然の反応なのだといったとらえ方をする人がいる。

あるいは、「精神障害」というレッテルを貼るのは、人権侵害だととらえる立場の人もいる。
しかし、そういう人たちにこそ、逆に精神障害(心の病気)に対する偏見が根強くあるのではないだろうか。

中学生、高校生の子どもが、何年間も学校に行かずにひきこもっているのに、「私と普通に話しているから、うちの子どもは正常ですよ」などと言うのはおかしくはないか。
年齢相応の社会活動や対人関係に問題があるのに、である。

ひきこもりには、すでに述べてきたようにいろいろなケースが考えられる。
だから、ひきこもっているからといって、すべてを心の病気だというつもりはない。
また、「ひきこもり」というのは、状態を示す言葉であって、医学的に正式な病名でもない。

しかしもし、ひきこもりの子どもたちが、長期間にわたってうまく社会に適応できないでいるとしたら、精神障害という心の病気と認めて、その病気を治す方向にもっていくことが、当の子どもたちにとって望ましいことだと信じている。

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ひきこもりと人格障害

人格障害は三つに分類できる

ここで、ひきこもりの人に関係の深い心の病気(精神障害)である人格障害について、その分類を整理しておきたい。
70年代には、ひきこもりといえば、ほとんどが分裂病と診断され、病院の車で「患者」を迎えに行き病院へ運び込むということがよくあった。

実際、本当に分裂病だったり、人格障害の「分裂病質人格障害」のタイプが多かった(当時はまだ人格障害という正確な分類はなかったが)。
それが、80年代になって、「分裂病質人格障害」以外の人格障害のタイプが増えてきた。

つまり、近年のひきこもりは、人格に偏りや問題がある人格障害にあてはまるケースが多く、精神障害には含まれるものの、分裂病のように重い障害ではないケースが多い。

人には誰でも人格的な偏りはある。
その偏りのために一般的な社会生活が送れないような状態、社会生活に適応できないような状態になったときに、その人は人格障害になったと診断される。

また、人格障害は障害がオーバーラップすることが多く、一人の人間を一つの障害名で診断するのはむずかしい。
二つの人格障害の合併も多く、その場合もひきこもることが多くなる。
ここでは、ひきこもりと関係が深い人格障害について、その内容や診断基準などについて述べてみる。
まず人格障害は大きく三つに分けられる。

A群(クラスターA)
「奇妙で風変わりな人格」で、「妄想性人格障害」「分裂病質人格障害」「分裂病型人格障害」がこれに分類される。

B群(クラスターB)
「感情が混乱する人格」で、「境界性人格障害(ボーダーライン)」「演技性人格障害」「自己愛性人格障害」「反社会性人格障害」がこれに分類される。

C群(クラスターC)
「不安や恐怖が強い人格」で、「回避性人格障害」「依存性人格障害」「強迫性人格障害」がこれに分類される。

いずれにしても、人格障害とは、他の精神疾患(精神障害)によるものとは説明できない、薬物や身体的な疾患ではないものを指す。

しかも、その人のものごとの受け取り方、感情、対人関係の在り方、衝動をコントロールする力などにおいて問題があり、そのスタイルが長く続いており、そのために周りとのトラブルがつねに生じ、不適応を起こしてしまうというケースである。

現代社会では、人格のゆえに病的になってしまう人たちが増えており、それが問題になっている。
そうした人たちは、結局はうつ病など心の病気になったり、ひきこもりなどで苦しむことになるが、周囲の人たちも迷惑をかけられたり、困らされることにもなる。

人格とは、その人の心の深いところで、それまでつくられてきた心理的な構造、思考、感情、行動の傾向やパターンなどであり、それは自分でもきがつかないものだ。
それらを治そうというのは、本人にとってとても大変な作業となる。
しかも、それまでそうした在り方で生きてきたのだから、変えることに対して大きな不安も生じる。
それだけに、本人の治療意欲は乏しく、治療の説明もむずかしいものがある。

しかし、何らかの症状が出て本人が苦しみ、それを何とかしたという思いが強くなった時こそ、治療のチャンスだといえる。
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奇妙で風変わりな人格

猜疑心の強い「妄想性人格障害」

24歳の大学院生のQ君は、出身大学から別の大学の大学院に入った。
しかしそこでは、彼だけが他大学の出身なので、自分が差別されているのではないだろうかという疑念を持つようになった。
教授は自分に声をかけてくれないし、質問に行ってもどこか素っ気ないなどと思いはじめ、教授のほか、みんなが自分を排除しようとしていると考えてしまう。

そうなると勉強していても落ち着かず、いつも頭の中に疑念が浮かび、腹が立ったり沈んだりして、不安定な精神状態に陥ってしまった。

彼には「妄想性人格障害」という診断がついた。
結局、本人の考えすぎで、元来の強い猜疑心が新しい環境に入ったことでさらに強まり、他人を疑っていたことが本人にもわかるようになった。
その後、Q君の妄想性人格障害はかなり治り、大学院を修了して就職していった。
このように妄想性人格障害は、きわめて猜疑心の強い人たちに多い。

あのオウム真理教事件の麻原彰晃被告は、幼児期から非情に猜疑心が強く、人を信じない性格だった、やがて宗教的、神秘的な主張をするようになるが、この時点ではまだ彼は妄想性人格障害だったと思われる。

しかし、神秘主義的傾向がさらに進み、「自分は宗教的な解脱者である」とか「空中遊泳できる」とかの妄想を言うようになり、妄想性障害、つまりパラノイアといわれる精神障害に陥っていると考えられた。
最後には反社会的犯罪へ向かったことで、「反社会性人格障害」と診断されるに至った。

診断基準は次の七項目のうち四つ以上が該当する場合、妄想性人格障害と診断される。

  1. 十分な根拠がないのに、他人が自分を利用する、危害を加える、あるいは騙すのではないかという疑いを持っている。
  2. 友人や仲間の誠実さや信頼を不当に疑い、それに心を奪われている。
  3. 情報が自分に不利に用いられているという根拠のない恐れをもち、他人に秘密を打ち明けたがらない。
  4. 悪意のない言葉や出来事のなかに、自分をけなす、または脅かす意味が隠されていると考える。
  5. 恨みを抱き続ける。侮辱されたり、傷つけられたようなことを強く根に持つ。
  6. 自分の評判や性格上のことで、他人から不当に攻撃されると思い、怒ってしまう。
  7. 配偶者がいる場合、愛人がいるのでは、といったような疑惑を持つ。

妄想性人格障害の治療は、主体となっているうつ的な感情を媒介にして治療する。
主に彼らの考え方特有の歪みを是正していくことになる。
本人はけっして自分の人格上の問題とは考えておらず、治療する人に指摘されてはじめて人格の細かな点で、ひとつの診断的な課題に気づいていく。
そしてそこから、問題点を自覚し是正するよう心がけるようになる。
また、薬物療法としては抗精神病薬を少量使う。

妄想性人格障害を主としてのひきこもりは見られないが、うつになったり、他の人格障害と結びついて、ひきこもりになるケースがある。

感情表現が乏しい「分裂病質人格障害」

家庭をどうしたらいいかわからないということで、私の病院に相談に来た26歳の男性Rさんのケース。
「結婚はどういう形で」と聞くと、「母親が勧めたお見合いです」と答える。

Rさんをよく見ると、なるほど人とうまく付き合えそうもない印象で、自閉的で感情面でも敏感さに欠けているように見受けられる。

結婚後は、生活をエンジョイする面が欠けていて、妻から次第に疎まれるようになり、やがて妻は子どもを連れて家を出て行き、別居となったという。
さらに話をしながら彼の様子を観察していると、積極的に話をせず、こちらを直視できず、おどおどしている。
彼は「分裂病質人格障害」に当てはまるようであった。

分裂病質人格障害の人は社会から離れ、対人関係が限られるだけでなく、個人の感情表現が非常に乏しい。

診断基準は次の七項目のうち四つ以上あてはまれば、分裂病質人格障害と診断される。

  1. 家族の一員であることを含め親密な関係を持ちたいとは思わない。また、楽しく感じない。
  2. ほとんどいつも孤立した行動を取る。
  3. 他人と性体験を持つことにあまり興味がない。
  4. 喜びを感じるような活動があまりみられない。
  5. 親兄弟以外には、親しい友人や信頼できる友人がいない。
  6. 他人の賞賛や批判に対しては、無関心に見える。
  7. 情緒的な冷たさ、よそよそしさ、平板な感情が見られる。

治療は、とくにロールプレー(心理臨床の場で個人が演じる役割行動の演技)によってさまざまな人との接触を練習する学習主体の療法が有効とされている。

本人の自覚があまりないので、家族がどう導くかがポイントで、性格を少しでも是正して人との交わりができる力を身につけ、人生をエンジョイできるよう援助する必要がある。

分裂病質人格障害の場合、いま述べたRさんのように、対人関係をあまり必要としないタイプで、ひきこもりの中にもしばしば見られる。

奇妙な行動が多い「分裂病型人格障害」

大学受験中の19歳のS君は、ある女性神秘思想家に誘われて通っているうちに、その女性から「あなたには特別な能力がある。テレパシーの能力がある」と言われた。
本人も「たしかにそんな気がする」と言って、受験勉強そっちのけで、神秘思想家の所で暮らすようになる。
ついには宗教的儀式のような行動をしたり、陶酔状態になって「神の声を聞いた」「超能力が与えられた」などと言うようになってしまった。

心配になったS君の父親が、病院に彼を連れてきた。
抗精神病薬を使いながら、彼と現実的な話を根気強く続け、神秘的考えからの脱出を図った。
およそ一年で回復したが、S君は典型的な「分裂病型人格障害」といえる。

分裂病型人格障害の人は、自閉的であると同時にとくに奇妙さが目立つのが特徴である。
診断基準は次の九項目のうち五項目以上当てはまれば、分裂病型人格障害と診断される。

  1. 分裂病の症状に似た関係念慮、つまり、妄想までは至らないが、すべてのことが自分に関係していると考えやすい傾向がある。
  2. 迷信深かったり、テレパシーの能力を持っているといったり、第六感が働くといったりする奇妙な空想や思い込みが顕著にみられる。
  3. 普通ではない知覚体験や身体の錯覚がみられる。
  4. 奇異な考え方と話し方が見られる。
  5. 疑い深く、妄想的な考え方が見られる。
  6. 不適切な、または狭く萎縮した感情がみられる。
  7. 奇異、奇妙、特異な行動、または外見がみられる。
  8. 親しい友人または信頼できる人がいない。
  9. 対社会的な不安がつねにあり、妄想的な恐怖を持っていることが多い。

分裂病型人格障害から分裂病になるケースが多く、およそ20パーセントといわれている。
その症状は数ある人格障害の中でも、奇妙さで群を抜いている。
薬物療法が有力で、抗精神病薬が使われる。

また、神秘的宗教や奇妙な迷信を信じたりしている人も多く、治療に応じようとしないことが多い。
そこで、彼らが奇妙な考えを持つようになった不安や社会への恐怖などを、粘り強く明らかにしていくことで、精神療法が可能になる。

この分裂病型人格障害も分裂病になりやすい性格傾向で、ひきこもりになる可能性もある

感情が混乱する人格

じぶを特別だと思い込む「自己愛性人格障害」

自分は特別な人間で、秀でた才能や格別の美貌を備えているのだから、誰からも尊敬や称賛されるべきであり、特別な待遇を受けるのは当然であると考えているのが、「自己愛性人格障害」である。
こうした人たちに批判や批評をあびせると、非常に強い怒りが返ってくる。

「ひきこもり」との関係でいえば、「自己愛性人格障害」も「回避性人格障害」と同様にひきこもりと結びつきやすい。
プライドが高いので、それが傷つくことに耐えられず、ちょっとした挫折からひきこもってしまうことが多い。

診断基準としては次のようなものになる。

  • 自分は特別重要な人間であるという感覚を持っている。
  • 限りない成功や権力、才気、美貌、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
  • 自分は特別であり、独特であり、地位の高い人たちにしか理解されない、あるいは、自分はそういう地位の高い人たちと関係があるべきだと信じている。
  • 過剰な称賛を求める。
  • 特権意識が強く、自分に特別な計らいがあるべきだと考えている。
  • 対人関係で相手を不当に利用する。自分の都合のいいように利用する。
  • 他人への共感性の欠如。
  • しばしば他人を嫉妬する。また、他人が自分に嫉妬していると思い込む。
  • 尊大で傲慢な行動または態度。

この九項目のうち五つ以上あてはまれば、自己愛性人格障害と診断できる。

自己愛性人格障害の治療は精神療法が重要となる。
ただ、自分が特別だと思い込んでいるだけに、そこを突き崩すのはアイデンティティを突き崩すことになり、治療者にとっては大変な作業となる。
少しずつ支持療法(精神医学的治療法の根幹となる精神療法で、分析をせず、患者を温かく受容し、不安や緊張、恐怖などの症状を取り除き、助言、指導などで精神的危機状況を解決する)で相手の自尊心を守りながら、信頼を得たところで問題点の本質を突き、納得させるという方法を使うことが有効である。

誰でも多少は「自分が特別だ」という意識はあるものだ。
しかし現実に直面する中で、ふつうは過大な自己愛は修正されていく。
自分は特別だという意識だけでは生きていけないからだ。
たとえほんとうに能力や美貌があったとしても、いずれは破綻をきたすこともある。

自己愛性人格障害の人は自己愛が強く、あまりにも自尊心が高いので、破綻したときのリアクションが大きいのだ。
そのショックに耐えられるかどうかが予後に大きく影響する。

勇気があれば、自分の問題に直面して治癒していける。
彼らは適度な自尊心を持つためのバランス感覚に問題があるのである。

衝動的で愛情欲求の強い「境界性人格障害」

「境界性人格障害(ボーダーライン)」の人は、非常に衝動的で感情の起伏が激しく不安定である。
そのため時に暴力的になったり、うつ状態になったりするので、周囲の人たちも巻き込まれて大変なことになる。

自らの感情の不安定さのために対人関係を壊しがちだが、それでいて孤独には弱く、「見捨てないでほしい」と、相手を追いかけることも多い。
幼児のように、相手の愛情を際限なく要求する愛情欲求の強さが特徴である。
そしてその裏には、自分が見捨てられるのではないかという、強い不安がある。

境界性人格障害(ボーダーライン)が表面化するのは、進学や就職の失敗、失恋など、何らかの挫折が引き金になることが多い。
その挫折をきっかけに、いままで親の言うことをきくいわゆる「いい子」が、突然、家庭内暴力を振るうなど一挙に変貌してしまう。

境界性人格障害(ボーダーライン)の人がひきこもる場合は、ことに成績が落ちたり、受験に失敗したりという学業の挫折をきっかけにして不登校がはじまり、家庭内暴力に移行するというケースが多い。
さらに境界性人格障害(ボーダーライン)は、人格障害のなかでも、うつ病、不安障害、食行動異常など他の精神障害との合併がもっとも多い。

次の九つの診断基準のうち五つ以上が当てはまれば、「境界性人格障害(ボーダーライン)」と診断される。

  1. 愛情欲求が強いために、相手が自分を見捨てようとすると、それを避けようとして、理解しがたい努力をしたり、激しい怒りを示す。
  2. 相手を理想化したかと思うとすぐにこき下ろしてみたり、人に対する評価が極端に揺れ動くので、対人関係が非常に不安定で激しいものになってしまう。
  3. アイデンティティが混乱して、一貫した自分のイメージが持てない。自分の生きる目標が持てない。
  4. 非常に衝動的で、衝動買いや衝動的なセックス、薬物乱用、過食、無謀な運転などが見られる。
  5. 焦燥感で衝動的になったりそわそわすることをしばしば繰り返す。
  6. 感情がきわめて不安定で、普通は二、三時間で気分が変わり、二、三日以上持続することはまれである。具体的にはうつ的な気分からイライラが強かったり、不安・不快が強かったりする。
  7. たえず虚無感に悩まされる。
  8. 不適切なほど激しい怒りを抱いており、それをコントロールすることができない。そのため、ものを壊したり、人を殴ったりしてしまう。
  9. ストレスがあると、妄想的な考えを抱いたり、強い解離性障害(心因性健忘、多重人格など、かつて神経症と呼ばれていたものの一種)が生じることがある。

日本の場合、境界性人格障害(ボーダーライン)の人の親の60%は、過保護・過干渉で、そのため子どもが思春期になっても自立できないケースが多い。
過保護・過干渉で大事に育てられるために自我が育たず、自尊心の傷つきに弱いという点では、自己愛性人格障害、回避性人格障害の場合と共通している。
虐待は放置が26%、暴力虐待は6%である。

アメリカでは境界性人格障害は児童虐待から生じているケースが多く、80~90%であり治りにくいが、日本の場合は過保護が原因だけに甘えがあり、アメリカのケースより治りやすいといえる。

自分が中心でないと気がすまない「演技性人格障害」

勤務先の会社で不倫関係がうまく行かず、服毒した26歳の女性T子さんが入院してきた。
服毒したものの飲んだ量はあまり多くなく、ほんとうにどうしようとしたのかは疑問の残るところであった。
むしろ不倫相手に大きな衝撃を与え、自分への関心を集める点に、この服毒の目的があったように見受けられた。

T子さんは回復してからも、とくに男性の注目を引こうとした行動が多かった。

実際、彼女の周りにはいつも男性がいて、まるで女王のように振る舞っていた。
治療者であるドクターへの甘えもきわめて強く、ドクターからも愛情をもぎとろうとするかのようであった。

ドクターが当直の日、突然、彼女はヒステリー性の失神発作で倒れた。
看護師や多くの患者が驚いてすぐに駆けつけようとしたが、ドクターはそれを制止し、ゆっくりと女性のところに行った。
すると彼女はすでに自分で立っていて、「人が倒れているのに、先生がすぐにきてくれないというのは、どういうことですか」とドクターに食ってかかってきた。
自分に愛情を向けてくれないドクターに怒っているのだ。
しかし、彼女はすでに失神状態から自ら立ち上がったことには気づいていないようであった。

T子さんは「演技性人格障害」と診断される。
かつてはこれをヒステリー人格と呼んでいた。
たえず人の注意を引き、自分が中心でなければ気がすまないタイプである。
診断基準は次の八項目のうち、五つ以上当てはまれば演技性人格障害といえる。

  1. 自分が注目の的になっていないと楽しくない。
  2. 他人との交流に、しばしば不適切なほど性的に誘惑的、挑発的な行動が見られる。
  3. 感情表現が激しいが、その中身は薄い。
  4. 自分への関心を引くために、たえず自分の身体的魅力を強調する。
  5. オーバーな感情表現をするわりに、詳細な内容に乏しい。
  6. 自己を演劇化し、芝居がかった誇張した感情表現が見られる。
  7. 被暗示性が高く、人の影響を受けやすい。
  8. 対人関係を実際以上に親密なものとみなしてしまう。

演技性人格障害は、本人に治そうという自覚がないかぎり、治療はきわめてむずかしい。
ある年齢を過ぎ、身体的魅力の衰えとともに人をひきつけることができなくなると、孤独に悩み、うつ状態になることがある。
アルコール依存症になるケースもまれではない。
実際には、うつ状態となって外来へ来ることが多い。
うつ状態になればひきこもりの傾向が出てくるが、演技性人格障害そのものによってひきこもるということは普通はない。

治療は、薬物療法としてSSRI、抗不安剤を使う。
重要なのは一対一の精神療法で、考えの歪みを是正するようにすることである。

一挙に自己中心性や演技的側面を無視しようとすると、大きなトラブルの原因にもなる。
周囲の人たちは、ほどほどの理解とほどほどの無関心が必要である。

なお、B群には犯罪行動が特徴となる「反社会性人格障害」があるが、ひきこもりとは関係が薄いためここでは説明を省略する。

ひきこもりに多い「回避性人格障害」

不登校や出社拒否に「回避性人格障害」が見られるケースが多い。
日本にきわめて多く見られる人格障害で、精神的に傷つきやすく、自分が大事にされる場所でないと出て行かない人たちである。
また、分離不安が強い少子化社会、過保護社会が生んだ典型的な人格障害といえる。

以下の七つ診断基準のうち四つ以上当てはまると、回避性人格障害と診断される。

  1. 人から批判、否認、拒絶されることを恐れて、仕事で重要な人と会うのを避ける。
  2. 自分が好かれていると確信できなければ、人と付き合おうとしない。
  3. 恥をかかされたり、馬鹿にされることを恐れるため、親密な相手に対しても遠慮を示す。
  4. 人が集まる状況では、自分が批判されないか、拒絶されないかだけに心がとらわれている。
  5. 「自分はうまく人と付き合えない」と思っているため、新しい対人関係がつくれない。
  6. 自分は社会的にうまくやっていけない、人間として長所がない、他の人より劣っていると考えている。
  7. 「恥をかくかもしれない」と思い込んで、新しいことをはじめること、個人的な危険をおかすことに対して異常なほどの引っ込み思案である。

この回避性人格障害はひきこもりに結びつきやすい。
日本の少子化、母子密着型の過保護が生み出した人格障害ともいえる。
人間関係で揉まれた経験が乏しければ、ちょっとしたことでも傷つきやすく、自分が大事にされるような場でなければ出て行こうとせず、避けるようになる。
当然、ひきこもりになりやすいといえよう。

甘えが強い「依存性人格障害」

自分のことを自分で決めることができず、何でも人に頼ってしまうタイプを「依存性人格障害」という。
日本的にいえば、甘えが非常に強いタイプである。

診断基準は次の八項目のうち五項目以上当てはまれば、依存性人格障害と診断される。

  1. 日常のことを決めるのに、他の人からありあまるほどの助言と保証を必要とする。
  2. 生活上の大事なことでも、他人に責任を取ってもらいたがる。
  3. 支持や是認を失うことを恐れるために、他人の意見に反対を表明することができない。
  4. 自分の判断基準や能力に自信がないために、自分自身の考えで計画したり、物事を行なうことが困難である。
  5. 他人からの愛情や支持を得るために、不快なことまでやってしまうことがある。
  6. 自分で自分のことを処理できないという、強い恐怖感や無力感を感じる。
  7. 親密な関係が終わったとき、自分を世話し、支えてくれる別の関係を必死に求める。
  8. 自分が世話をされず放っておかれるという恐怖に、非現実的なまでにとらわれる。

依存性人格障害の人は、治療者に依存するので、精神療法は比較的やりやすいといえる。
しかし、依存性から脱するためには、自己主張訓練や家族療法、集団療法やロールプレイなどの行動療法が必要となる。
薬物療法は、うつが強ければ抗うつ剤を少量使い、さらに抗不安剤などを加える。

日本では、依存性人格障害が病理として現われることはまれである。
というのは、日本の社会が甘えを許容する社会であり、多少依存的であっても、それが社会生活まで困難にするという病理としては現れにくいからである。
しかし、治療をしてかえって治療者に依存することも多く、離れ際が重要である。

あまりにも依存性が強いと、すべての面で人に頼らずにはいられなくなり、甘えが拒絶されると、うつになったりして、ひきこもるケースが出てくる。
この依存性人格障害だけでひきこもりになるというよりも、むしろ回避性人格障害や自己愛性人格障害などと結び付いた形で、ひきこもるケースが多い。

几帳面すぎる「強迫性人格障害」

強迫性人格障害とは、完全癖を持ち規則や秩序にきわめて従順で物事を完全に成し遂げようとするために、うまくいかないと不安になったり、うつになったりするタイプである。

診断基準は次の八項目のうち、四つ以上あてはまると、強迫性人格障害と診断される。

  1. 細かい規則、一覧表、順序、構成や予定表にとらわれて、ポイントを見失う。
  2. 何か一つでも落ち度があると、それを理由に課題の達成をすべてあきらめてしまうような完全主義。
  3. 娯楽や友人関係を犠牲にしてまで仕事に過剰にのめり込む。
  4. 自分の道徳、倫理、価値観に過度にこだわり、融通が利かない。
  5. 感傷的になりやすく、使い古した価値のないものを捨てることができない。
  6. 他人が自分のやり方に従わない限り、仕事を任せたり、人と一緒に仕事ができない。
  7. 自分にも他人にもケチなお金の使い方をする。お金は将来の破局に備えて蓄えておくべきものと思っている。
  8. 何事に対しても柔軟性に欠け、硬さと頑固さを示す。

強迫性人格障害は小さい頃からその傾向を持っている場合が多いので、治療は容易ではない。
集団精神療法が重要で、人が自分をどう見ているかということから自分の性格に気づくことがポイントになる。

多くの場合、うつ病や不安発作で治療を受けにくるので、それらを治すプロセスで、背景にある強迫性人格障害の特徴を自覚させ、治す意欲を持たせるようにする。
薬物療法は抗うつ剤などが有効である。

日本では、強迫性人格障害に至らないまでも、何でも几帳面にしなければ気がすまないというような人が多い。
また、そうした人たちが会社の中でも重宝がられてきた。
これまでの日本社会には、仕事本位主義で規則的で強迫性の強い面があったからである。
強迫性が強いことは、真面目で仕事を着実にこなすという面では役に立ってきたが、どうしても硬直した面が残る。

強迫性人格障害の人は、日常生活でうまくいかないことからうつになりやすく、そこからひきこもりになるケースも生じる。

人格障害のひきこもりの二つのタイプ

人格障害については、一応ご理解いただけたと思う。
同じように人格障害が背景にあるひきこもりには、大きく分けると二種類あると考えられる。

一つは、将来性格的に対人関係が営めないような「分裂病質人格障害」のひきこもりだ。
対人関係能力が不十分なタイプである。
重症になると、人との接触ができず社会に出られないので、ひきこもりになる。

おとなしいタイプのひきこもりであるが、家族がそのひきこもりの性格をきちんと把握して、早いうちに病院やカウンセラーと相談しないと、ひきこもりが長く続き、分裂病を発症する危険性がある。

もう一つは、何らかの挫折をきっかけにしてひきこもるタイプである。
このタイプは、幼いときから親、主に母親から非常に可愛がられ、過保護に育てられて、幻想的な自己愛が大きくなっている。
そういう人は何らかの挫折を体験して自尊心が傷つき、自分はたいしたことがないと思い知ったときに、ひきこもってしまう。

いま、問題になっているひきこもりの多くは後者のケースになる。
後者の場合は、「おれは生まれたいと思って、生まれたわけではないのに、なぜ産んだんだ。
おまえら、土下座して謝れ。
一生おれの面倒を見ろ」などと、親に激しい怒りをぶつける。

前者の分裂病質人格障害のタイプは、いつの時代にも一定の割合で存在する。
それに対して後者の挫折型タイプは、人格障害の分類としては、「回避性人格障害」、「自己愛性人格障害」、「境界性人格障害(ボーダーライン)という三つが多い。
これらの人格障害に共通するのは、幻想的で誇大な自己愛を抱いているために、自尊心の傷つきに弱いことだ。
それでいて依存する他人を必要とし、その他人がいないとなるとひきこもりになりやすい。

小学生、中学生の場合には、たいていは回避性人格障害である。
高校生、大学生や社会人になると、自己愛性人格障害のほうが多くなってくる。
回避性人格障害のひきこもりは、「保護されたい」という気持ちが根底にあるので、親に対する甘えが強い。
しかし、大学生や社会人になると、そうした甘えが自己愛に対する執着という形に変化する。

境界性人格障害(ボーダーライン)のひきこもりの場合には、中学生から大学生、時には社会人と年齢的には幅がある。
境界性人格障害の人は、衝動的で暴れるといったように、自分を表現するという特徴があるので、一般の人にも、割とわかりやすい。

しかし、自己愛性人格障害や回避性人格障害のひきこもりの場合は、自分の内面をあまり現わさないので、素人にはわかりにくい。
逆に、それだけ内面の病理が深いといえる。
ボーダーラインは、やがて年齢が高くなると自己愛に向かうことが多い。

精神障害の中には、従来から精神病といわれていた精神分裂病や躁うつ病のような重い病気から、軽いうつ病や、これまでは神経症といわれてきた不安障害、なども含まれる。

軽いものならば、適切に治療が行われれば、早く治る。

他の心の病気との関係と治療法

ひきこもりとはいえない分裂病

さらに、人格障害以外の精神障害とひきこもりの関係についても、ここで触れておきたい。
ひきこもりの中には精神障害とみなさざるを得ない人が多いのは繰り返し述べてきた。
精神科医の立場からすると、日常の生活能力が顕著に落ちて、ひきこもってその年齢相応の活動や能力を発揮しない場合には、精神障害と呼ぶのが常識となっている。

その意味では、すべてのひきこもりが精神障害に近いといえる。
しかし、ひきこもりというのは学問的に定義されていないだけに、明白に精神障害と結び付けることは危険でもある。
したがって、顕著な精神障害とひきこもりの関係だけを拾ってみたい。

まず、完全な分裂病であれば(ひきこもりには分類すべきでないと思うが)、ひきこもりの状態になるのは当然である。
家にひきこもって、独り言を言ったり独り笑いをして、家の人とも接しないでじっとしている。
たまに音楽を聴いたりテレビを見ることはあるにしても、家族との対話もきわめて少ない。
いや、ほとんど家族との会話も断絶している人も多い。

こうしたタイプはどちらかといえば解体型の分裂病だが、妄想型の分裂病となると「自分の家に盗聴器がつけられている」、あるいは「テレパシーで自分に命令してくる」、さらに「飛んでいる飛行機が自分をつけ狙っている」「車で追いかけてくる」といった追跡妄想、被害妄想、関係妄想、誇大妄想といったものが顕著に出てくる。
これは素人の人でも分裂病であると予測できる。

しかし、こうした分裂病をひきこもりの人たちの中に分類することはためらわれる。
不登校としてひきこもっていた人でアルバイトをはじめたり、留学しようとしたときなど、何らかの変化をきっかけに急に分裂病になってしまう人もいる。
あるいは、一過性の分裂病の症状を呈して、2,3カ月で治ってしまう人もいる。
これは分裂病そのものというよりも、かつてならば精神病反応であり、厳密にいうならば分裂病様障害といわれるケースと考えられる。

ひきこもる根本原因は分裂病質人格障害や境界性人格障害(ボーダーライン)と見えていたものが、やがて長いひきこもりのうちに分裂病的な症状が前面に出てきて、何かのきっかけで分裂病を発病してしまうケースがあるので、注意が必要なのである。

青少年にもあるうつ病

もう一つ注目すべきは、ひきこもりとうつ病の関係だ。
うつ病というと大人のうつ病をイメージしやすいが、青少年のうつ病の場合には、大人の精神症状主体のうつ病よりも、むしろ行動の問題として表われてくるケースが多い。
つまり不登校、ひきこもりや家庭内暴力という形や非行、万引き、喧嘩といった行動上の問題がうつ病の症状となる。

この場合、とくにひきこもりや不登校を主症状としたうつ病というものも考えておかなければならないであろう。

日本では、母親との分離不安を十分に卒業していない人が多く、母親が何らかの形で子どもから離れざるを得ないきっかけがあると、子どもがうつ病になり、それが不登校、ひきこもりにまで至ってしまうケースがよく見られる。

それを単純にひきこもりと考え、学校が嫌いになったんだ、勉強が嫌いになったんだ、人と付き合うのが苦手なんだと片付けてしまうのはきわめて危険である。
うつ病の場合、抗うつ剤を使うならば、かなり快復が見込まれるからだ。

たとえば、母親が自分の実家の母親、つまり子どもにしてみれば祖母が脳卒中で倒れ、急に母親が実家に戻り、数ヵ月介護をしているうちに、子どもたちは学校に行かなくなり、ひきこもってしまうといったケースがある。
これは、母親がいないという分離不安によって外に出られなくなったとも考えられるし、母親が不在のためにうつ病になったとも見える。
つまり、分離不安とうつ病が十分に区別できない形の不登校、ひきこもりがかなりあるということだ。

Uさん兄弟の家庭では、弟が分裂病で長く病院に入院し、その後も家からも外来に通っていた。
兄のUさんはきわめて元気で大学を出て会社に勤めていたが、弟の分裂病のために、家の中はいつも不安定だった。

母親はうつ病のようになり、息子の相談のために外来に来ていたし、父親も明らかにうつ病的な表情の硬さ、意欲低下を見せていた。

あるとき、Uさんが突然会社を辞めて、家にひきこもるだけになってしまった。
親が「どうして行かないのか」と聞いても、はっきりした返事はない。
「わからない」「構わないでくれ」と言うきりで、ひきこもりの原因がよくわからない。

ひきこもりの状態が二年続き、Uさんが会社に行かず働かないために、家庭の経済はいっそう困難になった。
やがて父親の退職の時期が迫り、この家の経済的困難がさらに進むのは目に見えていた。

Uさんの就職がきわめて大きな問題なのだが、彼はかつてのエネルギーを失い、ただひきこもってパソコンに向かうばかりである。

担当医師は、彼が分裂病の弟をときどき病院に連れてきた時に会っており、彼の大学時代の元気な姿を知っていただけに、正直なぜ彼がこのようにひきこもってしまったのか、よくわからなかった。
担当医師は、家の混乱、不安定がうつ病を引き起こしていたのであろうかと考え、彼にうつ病の薬を投与したが、彼はこれにも反抗し、薬を飲まない。

この点では多くのひきこもりの人と同じように、「自分は精神障害者ではない。精神異常ではない。だから薬を飲む必要はないのだ」ということで薬を拒否していた。

しかし、母親がうつ病として薬を飲んでおり、ある時、母親から「あなたもちょっと飲んでみたら」と言われたことがきっかけで薬を飲み始めたところ、少しずつ元気を取り戻し、一年半後に新たに仕事先を見つけ、元気に出勤するようになった。

このような、うつ病によるひきこもりがいるという認識は必要である。
それは典型的なうつ病の姿を示すことが少ないだけ、さらに細心な注意が必要なのである。

また、勉強をし過ぎたために、その疲労によってうつ病、ないしアパシー(無気力症)になっている若者もかなり多く見られる。

二年間不登校になっている中学三年生のV君は家庭内暴力を起こしており、母親はある日、彼を精神科へ連れてくることにようやく成功した。
医師が彼を診たとき、その肥満、視線の虚ろさ、顔色の白さから、ほとんど外へ出ず、家でごろごろしていることがよくわかった。

彼に「なぜひきこもったのか、なぜ家庭内暴力を振るうのか」と率直に聞くと、彼は「おもしろくないから。生きていてもつまんないよ」と言う。

「では、自分の問題なのになぜ母親に暴力を振るうの?」と聞くと、次のように答えた。

「先生、うちの母親と父親は僕が中学受験のときに、バットを持って、無理矢理勉強させたんですよ。
僕はその中学受験には失敗しましたけど、塾に行かされ、大変な思いをしたんだ。
恐怖で勉強していたんですよ。
その父親の暴力の方がまず問題ではないの?
僕は父親の暴力への恨みで、いま、母親と父親に暴力を振るっているようなものです。

父親への暴力は母親への暴力の前に、もうすでに終わっていました。
父親は僕の暴力を恐れ、僕のところへ来なくなったから。
中学三年で僕の方が父親よりもはるかに体力がついたからです。
母親に暴力を振るうのは、自分をかまわないでくれというのにいつも過干渉で、『お前、将来どうするつもりだ』などとしつこく聞いてくるからですよ。
僕は僕なりに考えますよ」

V君は、中学受験のために小学校三年生から厳しく勉強させられ、しかもバットによる体罰、あるいは虐待を受け、エネルギーが尽きてしまい、また受験にも失敗して、学校へ行く気力がなくなってしまったと考えられた。

彼の場合は、うつ病的な要素がかなり見られた。
実際「もう死んでもいいですよ」、あるいは「この世はおもしろくない」という、うつ病者に多く見られる表現が彼の言葉のはしばしに見えた。

しかし、彼は自分の置かれた状況を自分で説明し、両親への不信感を表現したことで、肩の荷が下りたように少しずつ元気さを取り戻し、「高校はフリースクールへ行きます。そして大検を取って大学へ行くと思いますよ。
僕はパソコンが好きなので、コンピュータ関係の大学に行きたいんです。
だから親なんか自分のことを心配しなくていいんですよ」と堂々と述べることができるようになった。

潔癖症ととらえられやすい強迫性障害

ひきこもりと通常いわれる中で、人格障害以外でもっとも多い精神障害は強迫性障害(かつての強迫神経症)である。
強迫性障害とは、ものに触れるのが汚い、嫌だ、あるいは自分の決まった儀式的な行動をしないといった「強迫行動」や「強迫観念」を持っている。

とくに強迫行動がひきこもりを多く生んでいる。
ものに触れると汚い、あるいは外を歩くと、水たまりがあるとそれをおしっこと考え、それを見るとびっくりして家に戻り、手を洗う。
二時間も洗い続ける人もいるし、四時間もシャワーを浴びるようなケースもある。
また、トレイに入るときは便座をアルコール綿できれいにして、壁もアルコール綿で拭かなければ使えないという人もいる。
これほど時間を使うとなると、当然外へ行けず、ひきこもりとなってしまう。

家族もこのような強迫行動を病気と見ないで、単なる癖と考え、潔癖症というレベルでしかとらえていないことが多い。

本人にとっては、この強迫行動は「しなくてはならない」という、とても苦しい精神障害である。
外へ出て行くエネルギーを失うと同時に、実際に外でものに触れることができなかったり、たとえば電車のつり革や手すりに触れない、トイレに入れない、人と接するのが気になって電車に乗れないということが多く、この強迫性障害によるひきこもりは病気としてとらえ、強迫性障害を治すことがまずは重要となる。

これを病気と見ないで治療がなされず、ひきこもりが延々と続いている人もよく見られる。
強迫性障害は近年きわめて多く、かつひきこもりとなっている例も多いタイプである。
また、強迫性人格障害とのつながりも強く、強迫性障害のうち72%に、強迫性人格障害が見られた。
これも病的ニュアンスが強いだけに、単にひきこもりというのは、はばかられる。
しかし実際、一般の人から見れば、ひきこもりと思われているであろう。

外へ出にくくなるパニック障害

パニック障害は、強迫性障害同様に不安障害に分類される。
パニック発作を繰り返す精神障害である。
とくに広場恐怖症をともなうパニック障害も、外に出にくい精神障害といえる。
パニック障害はパニック・アタックをともなう。
パニック・アタックとは、動悸、呼吸困難、胸痛、手の震え、手の汗、体全体が熱くなる、あるいは冷たくなる、めまい、
下痢などがあることで、最終的には、自分が死ぬのではないか、自分は気が狂うのではないかと怯える。

さらに、このパニック・アタックは自分が簡単に逃げられないような場所、たとえば人の多いプラットホーム、デパートあるいは電車、ことに地下鉄、バスといった、自分が出ようと思ったときに出られないようなところへ行くと起こりやすい。
これを広場恐怖症をともなうパニック障害と呼んでいる。

これが起こると電車に乗れず、学校に行けなくなる、あるいは会社に行けなくなる。
そのため家にいるだけでどこにも行かず、外は怖いといってひきこもってしまう。
家にいて母親がいれば落ち着いているが、母親がいないといつパニック・アタックが起きるかという不安を抱えている。
いわんや一人で外へ出ることはできない。

このようなことで三年もひきこもっていた女子大学生がいた。
すでに他の病院で二年ほど治療していたのだが、十分に治らず、学校へも行けないので休学状態になっていた。

医師は母親と娘に暴露療法を説明した。
暴露療法とは行動療法の一つで、あえて患者の苦痛や恐怖を感じる状況や対象に暴露して、症状の改善を目指す治療法である。

まず、母親についてもらってバスから慣れることからはじめ、それから電車に少しずつ慣れていくようにした。
やがて自分一人でバスや電車に乗れるようになり、半年で大学に行くことに成功した。
彼女は「先生のところに来て、こんなに早く治るとは思いませんでした。
前の二年間の治療は何だったのでしょう」と話していた。

このような広場恐怖症をともなうパニック障害には、行動療法を取り入れることが重要となる。
彼女は広場恐怖症をともなうパニック障害によるひきこもりから脱し、いまや大学も卒業し就職をしている。

このような広場恐怖症をともなうパニック障害でも、薬も使った方がより早く治るものである。

身体醜形障害は男女どちらにもある

近年、身体醜形恐怖(身体醜形障害)となってひきこもる男子学生、女子学生も多くなっている。
身体醜形恐怖とは、身体表現性障害(かつては神経症に分類されたもの)の一種である。

自分の顔が醜いと訴えるのだが、だいたい醜くはなく、女性の場合はむしろ美人系の人が多い。
にもかかわらず、人がどんなに説得しても自分が醜いといって外に出ない。
ある意味でこれは強迫観念といえる。
鏡をしきりに見るので、それは強迫行動と解釈することができる。

この身体醜形恐怖には、醜形恐怖型と醜形強迫観念型と醜形妄想障害型があり、妄想障害型は向精神病薬を使わなければ改善は難しい。
強迫観念型はSSRI等の薬物が有効となる。
恐怖型は抗不安薬と行動療法で十分よくなる。

この身体醜形恐怖の場合も、人に見られるのが嫌だといって、まったく外へ出ようとしない。
また外へ出ることはあっても、電車に乗ることを嫌う。
人に見られてしまうのが確実だからである。
電車に入ったときに、乗客みんなが自分の顔を見て「こいつはホモ顔だ、と気持ち悪がって自分を見ている。
だから人に会いたくない」と言って、三年間ひきこもっていた青年もいた。

さらに女性でも、自分の顔が醜いとして美容形成をして、それでも納得できず外へ出られない人がいた。
電車に乗って座ると真向かいの人と直面することとなり、それは彼、彼女らにとって一番怖いことなので電車にはまったく乗れない。

外来に来るときには、親か彼氏や彼女と一緒にやってくることが多い。
身体醜形恐怖のことをよく知らないと、単なるひきこもりと考えてしまいがちである。

この治療はかなり困難で、根気強く認知行動療法、行動療法、薬物療法の三者を交えて治療にあたらなければならない。
最終的には外へ行って自分を他人の目に曝して、それでも大丈夫だという練習をしなければ、つまり暴露療法をして卒業していかなければ、この身体醜形恐怖は治らない。

この症例も小学校高学年から見られ、中学、高校と多くなり、女子学生やOLなどにも多く見られる。

うつ病と併発しやすい拒食症

拒食症もひきこもりに結びつくことがある。
ある進学校の高校一年生のW子さんは、拒食症ということで病院へやってきた。
その時すでに三十二キロ前後の体重であった。

体はもともと華奢なようだったが、さらに痩せて、鋤骨がくっきり見えるような体型になっていた。
顔も細く生気を失い、とろんとした目で座っていた。

医師が彼女に聞くと、自分は難関高校に入るのに上から数番どころか一番で入ったという。
しかしみんながよく勉強するので、だんだん順位が下がってきてしまった。
彼女はさらに勉強をした。
試験があると、その十日前にすでに試験準備をすべて終わらせ、さらに十日間、勉強を重ねたという。
遊ぶことはほとんどなく、勉強するだけの生活を送ったらしい。
話してみても、たしかに勉強以外の教養や趣味などはほとんどないようだった。

このような完全癖、競争心、自尊心のために、ほかのすべてをなげうって勉強だけという生活を送り、その疲労がたまり、さらにこれだけやっても十分ではないという不安によって拒食症になってしまったようであった。
また同時に、自分はあまり能力がないのではないかという自信喪失も重なって、うつ病が少しずつ彼女に迫っていた。

母親への甘えはきわめて強く、夜は母親と一緒に寝ていた。
彼女の性格は強迫性人格障害と考えられ、いわゆる完全癖で几帳面で勉強が大好きで、それでいてユーモアがなく、ある意味で創造性の乏しい、機転の利いた生活ができない不器用なタイプである。
このような強迫性人格障害も、うつ病になりやすい人格障害であり、さらにまたパニック障害にもなりやすい。
そして、この少女のように拒食症にもなりやすいのである。

過食症はボーダーラインなどの人格障害に多いが、拒食症は強迫性人格障害、依存性人格障害、回避性人格障害といったタイプに多い。
なかでも一番多いのは、強迫性人格障害である。
W子さんの場合、人格障害を背景にうつ病になり、さらに拒食症になっていたと考えられる。

実際、治療は抗うつ剤を中心に投与し、約半年かかったものの彼女は元気になり、体重も安心できるレベルになった。

しかし、一年留年したことからひきこもらざるを得なくなった。
その後でまた学校に戻ったものの、もとのようなトップを狙う成績をとることはできなかった。

本人はそれで納得できるかといえば、やはりどこか寂しげな顔をしていた。
あまりの競争主義、あまりの完全主義は、やはり精神的に危険な状態に陥りやすいという典型例である。
この場合、うつ病も合併していることが多いので、ひきこもりの状態になることが多い。

劣等感を抱かせてはいけない「注意欠陥/多動性障害」

最近ではあまりマスコミにも取り上げられなくなったが、学級崩壊はいまや小学校低学年まで広がっている。

授業時間中に座っていられず、ウロウロしたり、教室を出て行ってしまう。
こうした子どもたちにしばしば見られる障害が「注意欠陥/多動性障害(ADHD)」である。

ことに攻撃的な少年たちによく見られる「注意欠陥/多動性障害」とは、

  1. 注意力・集中力がない
  2. 多動(教室などで、授業中座っていなければならないようなときでも、じっとしていられない、など)である
  3. 衝動的・攻撃的である

という三つの特徴がある。

生後六カ月くらいから発症するケースもあるが、たいていは小学生になって診断がつくことが多い。

ある小学校の三年生の子は、授業中もじっとしていることができず、勝手に教室を出て行ったりする。
また、ナイフをちらつかせたり、振り回したりする。
そのため、その子のクラスでは、それを怖がって登校拒否の生徒が二人も出て、先生もノイローゼになってしまったことがあった。

ところが、その子どもの親は、多少、心配はしているものの、周囲の人たちの深刻さがわかっていない。
学校からは、特殊学級のほうへと言われても、「いまのままの普通学級に置いてほしい」と言う。

親としては、自分の子どもが特殊学級に入れられるのが嫌だということもある。
またその親には、子どもの学校での行動などがそれほど深刻なものととらえられていなかった。
なぜなら、一般にADHDの子どもが家にいるときには、わりあい穏やかで、それほど落ち着きのない行動も目につかないからである。
ところが、集団の中に入ると、そのような行動が出てくるのだ。

ADHDの少年たちが攻撃的になるのは、昔は「微小脳損傷」、つまり、微小な脳損傷が側頭葉近辺にあるからだと言われてきた。
しかし現代医学においても、その因果関係は証明できていない。
証明できない仮説を診断名とするわけにいかないので、いまでは症状をまとめてADHD「注意欠陥/多動性障害」という診断名を使うようになっている。

最近はADHDの子どもたちのひきこもりが増えている。
ほとんどの場合、不登校からのひきこもりである。
その場合、二通りのケースがある。

ひとつは、本人が体格もよく攻撃的で凶暴なことから、周囲の生徒たちが彼を避けて逃げてしまうケースである。
つまり、周囲の生徒から完全に嫌われてしまい、孤立して不登校になってしまう。

もうひとつは、本人は落ち着きがなく攻撃的なのだが、体が小さくひよわなために、逆に周囲の生徒たちから「おまえ生意気なんだよ、おまえがいるからクラスがうまくいかないんだよ」といじめられ、不登校になるケースだ。

ここでひと言注意しておきたいのは、ADHDの子どもたちは衝動的で落ち着かないが、彼らにはわざとそうやって誰かを困らせてやろうという悪意や作為はない、ということだ。
生理学的に集中力がなく、衝動的にならざるを得ないのである。
だからこそ容易に止められないし、本人も自覚していないことが多い。
単にそれだけを見て叱ると、彼らの劣等感だけが残ることになる。
学校の先生がたにも、よくその点を理解していただきたいと思う。

ADHDは、薬物療法と行動療法を上手く行えばかなりのところまで回復する。
また、多動性は成長とともに目立たなくなる。
それでもひきこもるケースは多い。

自分の子どもがADHDと診断されても、あまり深刻に陥ることなく、希望を持って、医師の助言のもとに子どもとじっくり付き合ってもらいたい。

さらに、最近、話題になっているPTSDとひきこもりについても触れておくと、交通事故や虐待などのPTSD(心的外傷後ストレス障害)が原因となるひきこもりも多くなってきている。

このような人たちはなかなかPTSDが治らず、外出することに極度に怯え、家にひきこもることになる。
また一時良くなったと思っても、フラッシュバックが起こり、再びひきこもってしまうことも多い。
この場合も粘り強い心理療法と薬物療法の治療が必要となる。

また、虐待や外傷によって多重人格となり、学校や会社に行っても交代人格が知らないうちに出てしまい、周りの人から変だと指摘され、学校や会社に行けなくなるケースもある。
ひきこもりの中にはこのような人たちもいる。