人間関係において過剰に発動するさまざまな感情が、現代人を悩ませている。
不安は不安、怒りは怒り、悲しみは悲しみ特有の苦しさがあるが、実はこれらの表面的な苦しさの裏に、いくつかの共通する苦しさが潜んでいることに気が付く。
人間関係の疲れ(苦しさ)を何とかしようとする時も、この根底の苦しさへアプローチするほうが効果的だ。
特に次の三つの苦しさを理解しておこう。
「疲労・体調不良」の苦しさ
「原始人メカニズム」でいうと、苦しみには三つがある。
一つ目は「エネルギー苦」。
お腹が空いた、疲れた、喉がかわいた、など原始人にとって大変貴重なエネルギーを奪われ、あるいはそれを補充出来ない苦しみだ。
二つ目は、危険から身を守るために自らの中に沸き起こる不快感(不安、怒り、悲しみ、焦り等)による苦しみ、「不快感情の苦」。
三つ目は、DNAを残したい、残せないという「愛情苦」。
この中で一番意識しにくいのが「エネルギー苦」である。
平たく言えば「疲れ」だが、現代人は疲れに、非常に鈍感なのである。
何しろ、原始時代に比べ肉体労働は確実に減っている。
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だからエネルギー苦があるはずがない、理性はそう考える。
しかし、これまでにも触れたように、実は感情が私たちのエネルギーを奪っているのだ。
例えば「ライフイベント」。生きていればさまざまなことが起こる。
進学、結婚、就職、出産、身内の死などの大きなことから、年中行事、引っ越し、人事異動など、小さなことまで。
大きな出来事のあと、疲れてしまうのはイメージがつきやすいし、多くの人が休養をとることも意識しているだろう。
でも、ご近所とのちょっとしたトラブルや、PTAの役員を引き受けた、などといういわゆる日常的なことでも、案外私たちはエネルギーを使っているのだ。
というのも、それぞれの出来事には、必ず「対人関係」が伴い、「感情」を刺激されるからだ。
一つひとつの出来事は小さくても、それが積み重なれば、大きな消耗となる。
そのことを認識している人はまだ少ない。
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それぞれのライフイベントがどれぐらいストレスフルなのかを研究したものがある。
「ストレスマグニチュード」と称されるものだ。
また、スマホやインターネット、SNSも疲労の重大な要因の一つとなっている。
簡単に情報が得られたり、気分転換できたりするというプラスの面が大きいし、またみんながやっていることなので危機感が薄い。
けれども気軽な分、常時小さな感情を刺激され続けるから、知らない間にエネルギーを消耗してしまう。
さらに、更年期などで体調不良の場合は、もともとエネルギーが低い状態といえるし、体の不調を抱えながら生活すること自体、いつもの数倍エネルギーを使う。
足を骨折したままで、出社しなければならない時の疲労を想像してほしい。
こうした「エネルギー苦」は、現代人お得意の「我慢」をしたり、「忘れる対処」をしたりしているうちに、比較的容易に感じなくなる。
しかしそれは筋肉を傷めた時、痛み止めを飲んで、また走るようなものだ。
現実には疲労しているのに、忘れて頑張り続ければ、疲労はどんどん深くなっていく。
これを「ステルス疲労」と呼んでいる。
ステルスとは、レーダーにかからないようにする技術。
知らない間に忍び寄ってくる。
疲労も、本人が知らない間に、現代人をむしばんでいるのだ。
感情は疲労の原因となり、逆に疲労していると感情が過剰に発動するという関係にあるが、感情はそれ以外にも、「目の前の問題に意識を集中させる」という機能を持っている。
これが疲労の本当の原因をわからなくさせてしまうのだ。
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カウンセリングで「上司とうまくいかない」「お母さんを許せない」といった悩みを持ち、相手のことを変えない限り、自分の苦しみは減らないと信じているクライアントがいる。
ただ、それは感情によって導かれている思い込みであることがほとんどだ。
問題はたしかに存在するが、その強度が誇張されている場合が多いのだ。
単に疲れているからそのように感じてしまったり、実際以上に、悪くとらえてしまったりしている。
しばらく休養したら、あまり気にならなくなってきたというケースは非常に多い。
疲労や体調不良は、よほど意識して適切に対処しないと、感情の過剰発動を促し、結果的にうつ状態に陥っていく原因となる。
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「記憶」の苦しさ
ある人に対する感情は、その時の行動だけで決まるものではない。
原始人的には、ある人が「敵」か「味方」かを区別したがる。
味方と判断したら、それ以上細かな分析は必要なくなる。
殺される恐れがなくなるからだ。
ところが、敵と判断したら、どれぐらいの危険性を持っているのかをしっかり分析し、記憶として蓄積しなければならない。
うかうかしていると、原始人は、長期にわたり少しずつ自分の権利を侵害してくる敵(人)にやられてしまう。
そんな環境で生き残ってきた原始人は、常に他人の敵意をしっかり記憶して、忘れないようにした人たちなのだ。
そして私たちも、この「記憶のクセ」を受け継いでいる。
しかし、原始人には有効なこの記憶のクセも、現代人には過剰なものとなる。
小さな行き違いでも、相手の悪意としてカウントし、なかなか忘れられないのだ。
「大した事ではない。単なる偶然で、私を攻撃するつもりはない」、と理性では解釈しても感情はしっかり「敵」の情報としてファイルにため込んでしまう。
これが防衛(恨み)記憶だ。
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対人関係の疲れを考える時、どうしてもこの防衛(恨み)記憶の苦しみは無視できない。
というのも、この防衛(恨み)記憶は、現実には何も起こっていないのに、あなたを苦しめ、疲れさせるからだ。
防衛(恨み)記憶が、対人関係の苦しみの主体となっていることも少なくない。
例えば、あるクライアントは、すでに亡くなった親のことで、毎日苦しんでいる。
親からつらく当たられたことが原因で、親が弱ってからも付き合いを避けていた。
その親が亡くなって、苦しみから解放されるのかと思いきや、逆にいろんなことを考えてしまう。
親に謝ってほしかった、優しくしてほしかった、優しくしたかった・・・。
腹が立つ、悔しい、寂しい、などさまざまな矛盾する感情が沸き立ち、疲れ果て、とうとううつ状態になってしまったのだ。
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「自信の低下」の苦しさ
対人関係の疲れの中で、最終的にあなたを苦しめ始めるのが、「自信の低下」による苦しさである。
現実社会に生きる私たちは、原始人的な感情の発動を抑えながら生活しなければならない。
感情がリスク感を増大させて見せる「人間関係トラブル」に対し、理性で「考えすぎだ、自分の思い込みだ」と必死に否定しているのに、結局、感情は、エネルギーの低下(疲労・体調不良)と記憶によって容易に刺激され、あなたの思考や行動を支配する。
その時、あなたは「どうして自分はこうもうまくやれないのだろう」と理性的でない自分を痛感する。
しかし、理由がまったくわからない。
理由がわからないと、対策が打てない。
ますます自信がなくなる。
現実社会でうまくやれない自分は、原始人視点から見ると「弱っている自分」となる。
この認識がまた感情を刺激する。
危険から身を守ろうと、感情はさらに発動しやすくなる。
「人間関係の疲れ」というと「他人に対しての疲れ」のように思うかもしれないが、多くのクライアントに共通するのは、結局、「そんな自分」に対して、卑下し、失望し、自信を失って苦しみ、そしてそのことでつかれているということだ。
そこでそういうクライアント支援する時、エネルギー、記憶と並び「自信」について非常に神経を使って接する。
経験の浅いカウンセラーなどが最も行いやすいのが、「人間関係を改善するアドバイス」だ。
たとえ端から見て問題の本質を突き、心理学的な理論や治療手順に基づいたアドバイスであっても、エネルギー状態や防衛(恨み)記憶がそのままのクライアントには「できない」ことのほうが多い。
すると、カウンセリングによってさらに自信を失わせることになる。
現場では「正しさ」は必ずしも人の援助になるものではないのだ。
日本人は自分のことを責めやすい。総合的にはできているのに、できていない部分を見つけては落ち込む人も多い。
日本人は、反省や改善好きだ。
自信にあふれた態度は周囲からも嫌われる。
ただ、その美徳は、生き方やスキルを身につけようとする時、少し足かせにもなる。
自信がなくなると、そのスキルを身につけようと挑戦することから避けるようになるからだ。
避けていては、いつまでもうまくならない。
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