母親に退行するひきこもりの娘
十時間以上も母親と過ごす娘
二十二歳の娘です。
父親のことは徹底して避けるのですが、母親に対しては、一日八時間から十時間も自分の部屋に呼んで一緒に過ごすことを要求します。
母親はもっと離れたほうがよいのでしょうか?
たしかにこれでは密着の度が過ぎて、間違いなく退行を促してしまうでしょう。
まだ暴力がないとすれば不思議なくらいで、いずれそうした混乱やパニックが生じてくる可能性もあります。
お母さんはできるだけ早い時期にパートに出るなり趣味を見つけるなり、口実はなんでもかまいませんから、ともかくご本人と過ごす時間を減らして、もう少し距離をとるべきではないでしょうか。
最初はご本人も離れることをいやがるでしょうし、場合によっては暴力が出ることも考えられます。
しかしこうした密着状態は、泥沼化するほとんど終わりがありません。
むしろ時間が経つほどエスカレートしていく場合も十分にありえます。
ある程度はご両親の判断だけで押し切ってかまわないと思います。
もちろんその際、たんに距離をとるだけでは不十分です。
ご本人に見捨てられ感を与えないために、きちんと話につきあう時間を確保し、それをご本人に確実に約束する必要はあるでしょう。
ただ、その時間は現在よりも大幅に短縮してかまわないと思います。
せいぜい一日あたり二時間もあれば十分ではないでしょうか。
もしご本人が冷静な話し合いに応ずることができる状態なのであれば、段階的に時間を短縮するという方法がいいかもしれません。
たとえば一週間刻みで、一緒に過ごす時間を一時間ずつ減らしていくという方法も悪くないと思います。
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退行願望への要求はどのへんまで許すか
勉強など、少し動きはじめようという気配もありますが、不安になるのかしばしば退行現象(頻繁にマッサージを要求する、「お母さんが一緒にビデオを見てくれたら勉強する」と言う、など)がみられます。
こういうとき枠組みを少しゆるめてもいいのでしょうか?
ゆるめるとエスカレートする気もするのですが。
母親の布団に入ってくる娘
十五歳の娘が夜中に母親の布団に潜り込んでくるが、このようなことはいけないのでしょうか。
退行願望は、枠組みを緩めていくとエスカレートすることが多いようです。
ハイティーン以降の年齢なら、スキンシップを含めた甘え要求には応えないことが望ましいと思います。
まして、甘えさせてくれたら勉強する、といった取り引きに応ずる必要は一切ありません。
とはいえ、まったくの拒絶ももちろん好ましくありません。
一緒に時間を過ごす、あるいはご本人の訴えを中心とした会話を充実させることで、このような要求は十分に満たされるはずです。
二番目のご質問については、これが娘さんではなくて息子さんであったらどうでしょうか?
それでも容認したほうがよいと思われるでしょうか。
また、十五歳の娘さんが布団に入ってくるのはよしとするなら、何歳になったらやめるのが適切とお考えになりますか?
おわかりのように、そこに明確に線を引くことなどできないのです。
もっとも、それがすでに「わが家の常識」になっているのなら、すぐに中止することは困難でしょう。
まずは一緒の布団で寝ないまでも、同室で寝ることまでは認めるなどして、徐々に距離をおいていかれることが望ましいとおもいます。
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母親とひきこもりの娘との距離感
スキンシップは重要か
スキンシップはひきこもりの子にとって大切ですか、退けたほうがよいのでしょうか。
子どもたちは、小さい頃から「いい子」でいることを強いられ、親に甘えることを我慢してきました。
ひきこもり状態は、こうした甘えたい気持ちのサインなのだから、親はその気持ちをしっかり受け止め、スキンシップなどを通じて十分に甘えさせてあげるべきだ。
このような発想から、退行を促すような対応を勧める専門家は少なくありません。
しかし、そうした対応がはらむ危険性や限界設定、あるいは問題が起こってきたらどのように対処するかについての具体的な指摘はほとんど見当たりませんでした。
これまで、思春期以降にスキンシップをしすぎて失敗した事例はありましたけれども、スキンシップ不足だけが原因でこじれた事例はありません。
もちろん小学生の不登校など、前思春期問題の場合にはこのような理解と対応が部分的に有効であるかもしれません。
しかし、スキンシップから退行、退行から家庭内暴力へと進んでいった事例のほうが強いため、スキンシップを伴う甘えの要求は、原則的に退けることにしています。
ただ、ご本人が強く希望するのであれば、あまり厳しく退けるのも難しい場合があるでしょう。
いちおう「握手」「肩もみ」「ハグ(あいさつとして、軽く抱き合う程度)」あたりまでなら、それぞれのご家庭ごとの習慣や文化があるでしょうから、そちらにお任せしてもいいとは考えています。
もちろん、なんであれ教条的に考えることはしたくありません。
「スキンシップの禁止」はさしあたりの原則であり、いまのところはそれでうまくいっていますが、おそらく例外も多いことでしょう。
そうした事例の存在まで否定しようというつもりは毛頭ありません。
スキンシップを十分にすることでご本人が回復の方向に向かっているのであれば、そのやりかたが正しいのです。
対応についてはあくまでも「やってみた結果」でご判断ください。
ただ、「上手くいっているか否か」の判定は、かなり個人差が大きいものです。
とりわけ身内の状態についての冷静な判断は極めて難しい。
この点については、親御さんの視点のみならず、第三者の視点が導入されるべき部分かとは思います。
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母親の外出を嫌に思う娘
二十三歳の娘がひきこもっています。
母親を四六時中そばにひきつけておきたがり、とりわけ母親が外出するのをいやがります。
少しでも出かけると大騒ぎになるので、つい見合わせてしまいますが、それでも無理に出かけたほうがいいでしょうか?
娘さんはどうやら、かなり退行した状態にあるのではないでしょうか。
もしそうであるなら、今後もお母さんとご本人が二十四時間向き合って過ごすことは、まったく好ましくありません。
ますます退行が促されるだけで、途中から自然な関係へ改善するなどということは、まず期待できないように思います。
むしろ、長期間ともに過ごせば過ごすほど、ますます離れられなくなり、いっそう退行が進む可能性のほうが高いと思います。
退行は家庭内暴力にも親和性が高いので、早期に退行をくいとめる方針に転換したほうがよいでしょう。
強引に振り切って外出するというのも一つの方法ですが、むしろこういう場合こそ「治療」を口実にしていただきたいと思います。
これまで繰り返し述べてきたように、親御さんだけが治療・相談機関を受診して、定期的に相談を続けていくわけです。
ただ振り切るのみでは「見捨てられ感」が高まって絶望的になってしまう可能性もありますが、ご本人のための治療相談という口実であれば、嫌がりはしても「見捨てられ感には直結しにくいかもしれません。
また、その後距離をとるために外出するさいにも、「(治療者に)できるだけそうするように言われたから」という口実にもしやすくなります。
ご本人にとって苦痛な行動をあえてするときは、このように責任の分散を図るのも一つのコツです。
あるいはまた、どうせ一緒に過ごすのであれば、一緒に外出するように促してみるというのも一つの方法です。
家庭という密室の中で二人でいるよりは、ずっと退行を促しにくいはずです。
こうして、ほどほどに距離がとれてくると、お母さん自身の精神のバランス維持に役立つだけでなく、ご本人に、「母親の中の『個人』」の存在を認めさせる意味でも大切なことです。
母親が、自分とは異なる他者であるという事実を受け入れることは、ひきこもりの克服への試みのうえで、きわめて重要な意味を持つことでしょう。
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母親の生活に左右されるひきこもり青年
親は自分の楽しみを持ち、外出をしてもよいか
息子は家にひきこもってまったく外出しようとしません。
親だけは自分の楽しみを持った方がいいと思い、ときどき外出するようにしていますが、それでいいでしょうか?
ひきこもりの克服への試みは長期戦、それもかなりの消耗戦になりますので、ご両親がそれぞれご自身の楽しみを確保することが必要になります。
お父さんには仕事やつきあいがありますからまだいいのですが、お母さんはある程度意識的に、ご自分の世界を確保しておく必要があるのではないでしょうか。
その意味でパートなどの仕事や習い事、サークル活動やカルチャーセンターなどの趣味で外出されるのは、大変良いことだと思います。
親御さんがこうした活動をすることにはもう一つの意義があって、それはひきこもっているご本人に対してお手本を示すということです。
お子さんにもう少し外向きになってほしいと思われている親御さんは、まずご自身が外向きの活動を開始する必要があるでしょう。
「もっと外向きに」と口では言いつつ、ご自身はひきこもりがちの生活を送っているようでは、およそ説得力というものがありません。
特に専業主婦のお母さんの一部には、ほとんど人付き合いをなさらない方もいらっしゃるようです。
いや、ことはお母さんばかりではありません。
いま問題になりつつあるのは、これから定年を迎えるお父さん方です。
定年後自宅にこもってしまうお父さん方も少なくありません。
やはりご自分が率先して社会参加をする姿を示すことができて、はじめてその言葉が説得力を持つわけです。
ご本人はしばしば「がんばって社会に出たとして、いったいなんになる」という絶望感を抱えて生きています。
ご両親が家の外に楽しみを見出す活動を通じて、社会参加の愉しさを身をもって示すということ。
実はこれが、本当のねらいなのです。
簡単なことではないかもしれませんが、このような形で社会へと「誘惑」することが、もっとも洗練された促しのテクニックではないかと私は考えています。
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外のカルチャーに打ち込む母親はよくないか
母親が社会参加したいということでボランティアを始めましたが、今度はそちらに一生懸命になりすぎ、息子のことを忘れてしまいがちです。
本人は母親の活動には無関心な様子で静かにしていますが、やはり配慮は必要でしょうか?
ご両親に「自分のプライベートな時間も大切に」と申し上げているのは、ご本人の問題にとらわれすぎ、あるいは密着しすぎることで、まったく個人として身動きがとれなくなってしまった方々が数多くいるからです。
その意味からは、お母さんがいろいろな活動に打ち込まれるのは良いことです。
しかし、本来の目的を忘れないようにしてください。
それはあくまでも、ご本人の問題と適切な距離をとりながらかかわりつづけるための行動です。
外での活動に熱中しすぎてご本人のことがなおざりになってしまうのでは、あきらかに本末転倒でしょう。
ご本人は表向きは無関心を装いながらも、ご両親の様子をうかがっているはずです。
いまは遠慮もあってお母さんの活動ぶりに口を出すまいと考えているのかもしれません。
しかし、そうした不満が積もり積もって、いつか爆発しないとも限りません。
せめて家では、ご本人との会話の時間を三十分でも一時間でももうけるなどの工夫で、配慮していることをきちんと伝えつづけていくことをお勧めします。
また、活動の種類によっては、ご本人をちょっと誘ってみるというのも悪くない気がします。
もちろん無理強いは禁物ですが。
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母親も自宅にひきこもりがちになった
母親は今まで外向的で、サークル・市民運動その他の活動に家事以上の力を注いできました。
しかしあるときから、私自身が家のことも外のこともできないと力の限界を感じて自らの意志で自宅に閉じこもりがちな生活になっています。
いまのところ母子密着が進んだとも思えないのですが、「両親はなるべく外へ」という原則とは反対のことをしているわけで、このままでいいのか不安です。
息子はひきこもってはいますが、何も言いません。
ここでお話ししているのは、あくまで一般論にすぎません。
ひきこもり事例への対応には、どうしても「結果オーライ」のところがあります。
ですから、ご家庭でどのような対応をされていたとしても、長期的にみてご本人の状態が良いほうに向かっているのであれば、その対応が正しいということになるわけです。
もしもご本人が、今のお母さんの状態を認め、それを自分の状況の改善に生かすことができるのでしたら、お母さんの行動は治療的にも正しいということができるでしょう。
ただ疑問なのは、はたしてそんなことが現実に可能なのか?
ということです。
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一般的には、親御さんがひきこもってしまうと、ご本人のひきこもり状態もいっそう慢性化・長期化する傾向が出てくるように思います。
母子密着の有無はともかく、長期的に見て悪い影響が出ているかどうかは、少し時間をかけて、慎重に評価する必要がありそうです。
それから、ちょっと気になったのは、これまでとても社交的だった方が、なぜ外との関係をすべて断ってしまうほど極端な変わり方をしてしまったか、という点です。
なんでも病気にするというつもりはありませんが、非常に社交的な人のなかには、自分でも気がつかないうちにストレスをためこんで、うつ状態になってしまう方もよくみかけます。
単につきあいを断ってしまうというだけでなく、生活全般に無気力感、徒労感、倦怠感が強くなっているようでしたら、反応性のうつ状態などを一応考慮して、場合によっては治療機関にご相談されたほうがいいかもしれません。