気さくさのメリット

基本は受け答え、簡単にできることから実行する

ここではコミュニケーションのコツを考えてみたいと思います。

コツですから、複雑なこと、機械にふれるようなことまでは入り込みませんし、その必要もありません。

なぜなら人間関係はそれこそ相手の数だけさまざまな変化や対応が生まれますから、それぞれのケースに応じた態度や行動を考えてもあまり意味がないのです。

それよりも、広く浅く付き合えるコツだけ覚えておけば、そこから始まる親密なコミュニケーションも出てくるし、それっきりで終ってしまう淡白なコミュニケーションも出てきます。

要するに「敵対」さえしなければいいのですから、「争いの嫌いな人」がめざすのはまず、「広く浅く」でいいと思います。

そのコツとして真っ先に提案したいのは、気さくな人間になろうということです。

「あの人は気さくな人だ」とか、「ああ見えて、案外、気さくなやつだよ」と思ってもらえればそれで十分ということです。

ここでおそらく、「私は無口だから」とか、「気の利いた冗談が出て来ないし」とかいい出す人がいると思います。

「気さくになれといわれても、そうかんたんにはなれない」と考える人です。

そういう人にわかってもらいたいのは、気さくであるためにこちらから特別な努力はしなくていいということです。

気軽に声をかけるとか、周囲に笑顔をふりまくとか、そんなことはムリにしなくてもいいのです。

ではどうふるまえばいいのでしょうか?

だれに対しても、きちんと受け答えするだけでいいのです。

相手の立場や年齢や性別にはこだわらず、挨拶されたら挨拶を返す。

何か尋ねられたらわかっている範囲で答える。

親切にされたらお礼をいう。

そういった、受け身のアクションでいいですから、絶対に無視しないでていねいに、そして明るい声で受け答えすることだけ忘れなければいいのです。

実際、「気さくな人」を定義しようと思ったら、これ以上でも以下でもないはずです。

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どんなに人付き合いが苦手であっても、気さくな人になることができる

ふだんから無口で、テンポの速いことばのやり取りも苦手で、自分から話題を提供するなんてとてもできないと思っている人でも、声をかけてきた人に返事をするぐらいのことはできます。

自分が知らないことを質問されたときでも、「ごめんなさい、お役に立てなくて」と答えるだけならできるはずです。

つまり、ていねいな受け答えです。

それを心がけるだけで、周囲の印象はずいぶん違ってきます。

ふだん無口な人にそういった受け答えをしてもらえば、「べつに偏屈な人じゃないんだな」と思われるでしょう。

あるいは目上の人間にていねいな受け答えをしてもらっただけでも、強い印象が残ります。

社交的で人付き合いの上手な人に声をかけてもらうよりも、取っつきにくそうだねと思っていた人がていねいに応対してくれたときのほうが嬉しいものです。

そういうときではないでしょうか。

「この人はこう見えて、意外に気さくな人なんだ」と思うのは。

そこからとくに親しい関係が生まれてこなくてもいいのです。

自分を主張しようとしない人は、相変わらず取っつきにくい雰囲気を漂わせてしまうかもしれませんが、心配することはありません。

「気さくな人」だとわかってもらえただけで、穏やかな人間関係を保つことができるからです。

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付き合って安心できる人であればそれでOK

気さくな人と「調子のいい人」は別ものです。

調子のいい人は一見、気さくに見えますが、押し付けがましいところがあります。

話していても気がつけば自分の話題にもちこんだり、歯の浮くようなお世辞やおべんちゃらを平気で口にします。

気さくな人は、少なくともわたしがここでイメージしている気さくな人は、控え目ではあってもこちらの問いかけや挨拶にていねいに応えてくれる人です。

自分から親しみを見せてくれなくても、こちらの笑顔にはきちんと笑顔で応対してくれる人です。

そういう人で十分ではないでしょうか。

むしろわたしたちがいちばん安心できるのは、そういう「気さくさ」を備えた人ではないでしょうか。

そうだとすれば、「争わない生き方をする人」こそ気さくな人になれます。

自分から他人に働きかけなくていいからです。

「自分は自分、人は人」で生きて、こちらに目を留めてくれた人にはきちんと受け答えするだけでいいのです。

これなら絶対にあなたにもできます。

気さくな人はマイペース

だれに対してもきちんとていねいな受け答えができる。

気さくな人の条件はたったこれだけでした。

でも、たったこれだけのことができれば、「自分は自分、人は人」を守ることができます。

「あの人は気取ったり構えたりする人ではない」と思ってもらえれば、自分のペースで仕事をスタートさせたり、みんなが盛り上がっているおしゃべりの席を離れても、ごく自然なふるまいにしか見えないからです。

同じことを、ふだんから威張っているような人や、自分が主役でなければ気の済まないような人がやるとどうなるでしょうか。

どこかわざとらしく見えてしまいます。

「イヤ味だな」と思われかねないのです。

そして実際、威張っている人や自己主張の強い人は、思い通りにいかないことがあると当てこすりのように仕事をスタートさせたり、押し黙っておしゃべりの席を離れたりしますね。

どうふるまっても、じつは「自分は自分、人は人」ではないのです。

他人に気を遣いすぎる人も同じで、こちらは自分の行動がどう受けとめられるかを気にしますから、やはり「自分は自分、人は人」とはなれません。

でも、そういう人にこそ「気さくさ」を心がけていただきたいのです。

他人への受け答えさえちゃんとできる人間であれば、決して相手に不快感を与えることはありません。

人間関係はそれで十分なのです。

挨拶には挨拶を返し、笑顔には笑顔を返し、尋ねられたことには答え、無視する人は気にしないで放っておく

たったこれだけです。

こちらからサービスすることは何もありません。

それができたときにはもう、「自分は自分、人は人」でやっていけます。

誰とも争うことなく、思うようにいきていけるはずです。

受け答えは自分の感情のコントロール

わたしたちはどうしても気分に振り回されます。

仕事や人間関係がうまくいかないときは、ついイライラして他人にきつく当たったり、一つの作業に集中できなくなったりします。

そういう意味では、悪感情にとらわれているときほど「自分は自分、人は人」であることを保つのがむずかしくなるのです。

けれどもたいていの場合は、そういう自分の悪感情に気がつきません。

これが感情コントロールのむずかしいところで、「ああ、わたしはいま苛立っているな」と冷静に自分をモニターできるぐらいなら、だれも苦労はしないのです。

そういうときには、自分の受け答えをチェックしてみてください。

それも自分より目下の人や、立場の弱い人に対する受け答えです。

ビジネスマンでしたら部下や下請けの業者、あるいはアルバイトやパートの人に対する受け答えです。

声をかけられてもつっけんどんな返事しかしない。

挨拶を無視したり、質問されても面倒くさそうな態度を取ってしまう。

そういった冷淡な受け答えをついしてしまったときには、「ああ、自分はいま不機嫌な顔をしているんだな」と気がつくチャンスなのです。

実際、相手が目の前にいるのですから冷淡な受け答えをした瞬間、気まずい雰囲気になります。

その雰囲気はよほど鈍感でないかぎり、本人もわかります。

部下の話をうるさそうに遮ってしまえば、「彼は何も関係ないのに悪いことしたな」と思います。

「もっとふつうに相手してやればよかったな」と反省するでしょう。

つまり、誰に対しても丁寧な受け答えを心がけるというのは、自分の感情コントロールを心がけることにもなるのです。

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ビジネスの基本としての受け答え

誰に対してもきちんとした受け答えのできる人は、仕事上のトラブルを抱え込むことがありません。

これも見逃せない大切なことです。

たとえば販売やセールスのような仕事でトラブルが起こるのは、ほとんどの場合は担当者の対応のまずさが原因です。

質問やクレームに対して、その場逃れのいい加減な受け答えしかしない。

電話でのクレームは自分が担当でなければたらい回しにしてしまう。

ユーザーの商品知識のなさを突いてくる。

例を挙げればこういった対応のまずさが、かんたんに収まるはずのトラブルを大きくしてしまいます。

その原因の一つに、ふだんからの受け答えのまずさがあります。

そういう相手に対しても、ていねいで誠実な対応を心がけている人なら当然のようにできることなのに、そのときの気分や相手(偉そうな人かそうでなさそうな人か、目上か目下か、女性か男性かなど)によって態度を変えてしまう人はその当たり前のことさえできなくなっているからです。

社内の業務も同じです。

たとえば部下にとっていちばん困る上司は、問いかけに対してはっきりとした返事をしない上司です。

「期限はいつまでなのか」「この契約は自分の判断で決めていいのか」「責任はだれが取るのか」といった、部下にしてみれば大事なポイントを確認したくても、曖昧な答しか返ってきません。

それがあとで、「そうはいってない」とか「常識で判断しろ」といったいい逃れにつながってしまうと、上司への信頼感はゼロになってしまいます。

ヨコの連携でも同じで、そのときそのときできちんとした受け答えのできない人は、トラブルを起こすたびに信頼をなくしていくのです。

なぜだかみんなが盛り立ててくれる人は成長できる

「自分は自分、人は人」という人は「他人を押しのけても」といった強い上昇志向は持ち合わせていません。

あくまでマイペースで、自分の仕事をきちんとこなせばいいと考えています。

ところが、気がついてみればそれなりに責任のあるポジションにいて、しかも周囲の信頼を勝ち得ていることが多いのです。

なぜならこういうマイペースタイプの人間というのは、敵をつくらないからです。

だれに対しても気さくで、きちんと受け答えしてくれる人は、ふだんは目立たなくてもいざというときに応援してくれる人間が周囲にいるからです。

グイグイ引っ張る強さがなくても、「この人なら間違いないだろう」という安心感があるからです。

みんなが盛り立ててくれる人が、長い目で見れば大きく崩れることもなく、仕事でも自分の好きな世界でも着実に成長していくからです。

負けん気の強い人は熾烈なトップ争いを続けるでしょうが、割り切って考えればトップ争いに勝ち残るのはたった一人です。

しかもその一人が、いつまでもトップでいられるわけではありません。

勝ち・勝ち・勝ちで来て最後の一敗で消えてしまう人だっています。

それよりむしろ、勝たなくてもいいから長く仕事の場で自分の責任を果たし続けるほうが、はるかに穏やかな人生を送れるはずです。

マイペースで生きて、自分の好きなことをやり続けた人が、最後の最後にささやかであっても幸運を手にするものです。

「『自分は自分、人は人』という人」「『争わない』生き方を求める人」には、そんな人生がとてもよく似合います。