日本人のひきこもり

ひきこもりを正しくとらえる

ひきこもりを定義する

最近では「ひきこもり」という言葉は、かなり一般に知られている。
ひきこもりの青少年による犯罪が相次いで起こり、マスコミを通じて広まったからである。
ひきこもりの子どもを持つ親にとって、ひきこもり少年による犯罪の続発は、「わが子は大丈夫だろうか」と心配にもなることであろう。
しかし、ひきこもりと犯罪はけっして直接結びつくわけではない。

誤解がないように協調しておきたいことは、実際には、ひきこもりの若者の大多数は犯罪に走ったりすることはない。
家の中に閉じこもって出て来ないのだから、外に出たとしても、むしろ人とのかかわりを避ける。
何より問題なのは、彼らが外の社会と交われないことなのだ。

ひきこもりの若者たちの問題は、いかにしたら彼らが外の社会へと出て行くことができるようにするかである。

まず「ひきこもり」とは一体どういうものか、その実態を見極める必要がある。
「ひきこもり」という言葉だけがマスコミを通じて流布しているが、その実態は意外と知られていない。

厚生労働省によると、ひきこもりとは一応「六カ月以上家にひきこもっていて、学校、職場などに行かない状態」ということになる。

これはあくまでも表面的な定義である。

精神科やカウンセラーのもとに来る人たちは、ひきこもって数年、場合によっては十年以上というケースが多い。
「半年」というのは、ガイドラインとしてとらえることはできるが、実際には、半年でほんとうにひきこもりなのかどうかは、まだわからない状態である。

専門家が「ひきこもり」ととらえる状態とは、そのために何らかの障害が出ているケースである。

たとえば学校に行かなければならない年代の子どもならば、「きちんと学校に行って、日常生活を送ることができる」というような、その年齢に応じた社会的な活動ができることが障害のない状態である。
それができないというのは、障害があるととらえることができる。

ひきこもり期間一年以上が注意ポイント

ひきこもりの期間については、きちんと把握しておくことが必要となる。
数ヵ月程度ならば、ちょっと友達とうまくいかないので学校に行きたくないとか、思春期特有の自閉性が強く出て、一人で何かを考えている状態ということがあるかもしれない。
半年程度では、ただの勉強嫌いで、勉強したくないからという怠け(怠学)という可能性も考えられる。
ただの怠学であれば、それほど問題にすることはない。

まず、いろいろなケースがあることを理解していただきたい。
ただし、一年以上ひきこもりが続いているような場合は、年齢に応じた社会活動ができない、つまり正常な状態ではないと考えられる。

一年以上も、家にひきこもって勉強や生産的なことをやるわけでもなく、パソコンや漫画を読んでいるだけの生活が正常といえるだろうか。
体には何の異常もなく健康かもしれないが、年齢相応の社会活動ができないというのは、正常な精神活動が出来ていないと見ることができる。
つまり、何らかの心の病気、すなわち精神的な障害があると考えられるのである。

精神的障害というと、重い印象を受けるかもしれないが、その年齢相応の社会的対人能力を発揮していないということである。
体の病気にちょっとした風邪のような軽い病気からガンなどのような重い病気まであるように、心の病気も軽いものから重いものがある。

精神的な障害といっても、いろいろなケースが考えられる。
ひきこもりの場合は、人格障害の「回避性人格障害」と考えられるケースがもっとも多いが、時には「分裂病」ということもあり得る。
その症状によって、あるいはひきこもりの期間がどのくらいに及ぶのかなどによっても違ってくる。

ひきこもりは病気ではないと考え、子どもがひきこもっても、そのままそっとしておくだけでは、かえって病気をこじらせてしまうことにもなりかねない。

心の病気を疑ったほうがいい目安として考えているのは、一年以上ひきこもっているケースである。

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ひきこもりの心理学

「ひきこもり」は心の病も関係している

日本でひきこもりという現象が見られるようになったのは、1970年代半ばから80年頃ではないかと思われる。

ある精神科医がケースとしてはじめて診たのは、80年前後の頃で、患者は当時、高校二年生の女の子であった。

精神科医のもとに来た時には、不登校からひきこもるようになり、すでに二年ほど経過していた。
はじめは母親が相談に来ていたのだが、しばらくして本人も病院に来るようになった。

現在では、ひきこもりの当人が病院に来るということはまず考えられない。

当時のひきこもりは、まだゆるやかだったといえるのかもしれない。

彼女に「なぜ、学校に行かないの?」と聞いても、プーッと頬をふくらませて、やや反抗的に、「わからない」と言うだけである。
彼女は自尊心が強く、威張りたがりやという印象であった。

彼女の場合、学校の成績が落ちて、それまでの成績のいい自分という自己像が保てなくなり、しだいに学校に行かなくなったのではないかと考えられた。

学校には行かないが、家に友達を呼び、その中で威張ったりしていた。
こんな現象は今では全く見られない。

彼女については残念ながら、その後は継続して診ることができなかった。
というのは、親が別の精神科医のもとに行ったからである。
その精神科医は「いまの時代、学歴社会のもとで、学校は学力競争だけの偏差値重視で、学校自体が崩れてしまっている。
そんな学校には登校するほうが異常だ」

という考え方で、「不登校の子どものほうが正常なんだ」と、不登校を正当化する理論を主張し、まるで新興宗教の教祖のような勢いであったという。

親にしてみれば、子どもの不登校・ひきこもりに「親の自分に責任があるのではないか」という罪悪感がある。
それをひっくり返して、子どもが不登校になったのは親に問題があるからではなく、学校が問題なのだといってくれる精神科医にしがみつきたくなるのも、彼らの立場からすれば分からなくはない。

しかし、もし精神科医が不登校の子どもの本意を探らず、ほんとうに「学校に問題があるのだから、学校に行かないでいい、そのほうが正常だ」という言い方をしたのだとしたら、無責任ではあるまいか。

いまの社会では90%以上が高校に進学する。
現実的には、高校をきちんと卒業しないと、なかなか就職口はない。
中退したといえば、社会では「なぜ中退したのか、何か本人に問題があるのではないか」ということで、就職にはあきらかに不利である。

たしかに、学校にも、社会にも問題はある。
しかし、ただ問題があるといっていても、それでは本人がこれから生きていく上で、何の役にも立たない。

学校が悪い、社会が悪い、だからドロップアウトするのが当たり前だというだけでは、本当の問題は解決しない。
学校が悪いから行かなくていいと不登校を正当化し、結局、子どもが学校を中退してしまう。
その後、その子どもはうまく社会に出て行けるだろうか。

学校が悪いから学校に行かないでいいというのなら、社会が悪いのだから社会に出なくてもいいということになるだろうか。社会に出ないでブラブラしている時期、いわゆるモラトリアム期間は青年期の一時期あってもいい。

しかし、ひきこもりの少年たちの問題は、学校をやめたからといって、社会にも出て行けないということなのだ。
しかもその時期が何年間も、時には十数年も続くとなれば、ただ「学校が悪いのだからやめてしまえ」とはたして言えるだろうか。

学校など行かなくていいと主張するのなら、学校をやめた少年たちが、どうすれば社会の中で生きていけるかまでフォローする必要があるのではないだろうか。

そもそも不登校児の大多数は「不登校」になっても、本音は皆がいる学校に行きたいと思っていることが多いのであり、その願望を否定することはできないはずである。

十八年のひきこもりから脱出したケース

ある診療所の中で、ひきこもりがはじまった一番早いケースは、幼稚園からであった。

A子さんが診療所に母親と一緒にやって来たのは、彼女が22歳の時であった。
ひきこもりは、四歳の幼稚園時代からはじまり、一応中学を卒業したことになっているものの、小学校にも中学校にもまったく行っていない。

彼女はほとんど外には出られないということであったが、その日は母親と一緒に車で病院にやって来た。
ひきこもりの場合、親だけが相談に来て本人は来ないケースが多い。
しかし、彼女もその年齢になり、自分でも何とか治したいという気持ちが強かったのかもしれない。
A子さんは18年間ひきこもっていたが、きちんと話をすることはできた。

はじめはもじもじとして、いかにも緊張した様子だったが、二回、三回と会っているうちに緊張感はなくなっていった。

「なぜ、幼稚園に行かなかったの?」と聞くと、「だって合わないんだもん。小学校も全然面白くなかったし、興味もなかった。
中学校なんてどこにあるかも知らない、行ったこともない」と答える。

その理由は本人にすると、「よくわかんないけど、人が嫌いだったんじゃない。人に話されるのも話すのも苦手だったんじゃないかと思うよ。それ以上はわかんない」である。

「そんなにひきこもっていて、寂しくはないの?」と聞くと、「そのうちに何とか外に出て働きたい」と言う。

彼女は、部屋に閉じこもっているのではなく、家の中から外に出ないタイプだった。

だから、両親やきょうだいとは普通に接触はあったのだが、親戚を含めて外の人とはまったく話をしたことはなかった。
勉強は、「お兄さんが教えてくれたから」と、国語や算数などは生活には困らない程度にはやっている。
新聞も読むので世の中の動きも知っていた。
「友達がいないのが辛かったかな」と笑って語っていた。

この点が不適応行動といえることだろう。

その後、彼女はコンビニで勤めはじめ、何ら問題なく外へ出られるようになっていった。
A子さんの場合は、18年間もひきこもっていても、対人関係能力はかなりあったといえる。
なぜ彼女は、家にひきこもる必要性があったのかと思ったほどだった。

女の子の場合には、このように自然に治っていくケースがある。
その点、男の子よりも精神的に強いといえるかもしれない。

一時的な統合失調症になったケース

B君がひきこもるきっかけは、小学校三年生の時に「塾へ行きなさい」と父親に言われたことだという。
母親が塾まで連れて行ったのだが、その門前で「塾なんか行きたくない。僕はサッカーがやりたいんだ」と母親の手を振り切り、「もう学校なんか行くものか」と、それ以来、不登校になった。

母親が精神科医のもとに相談にやって来たのは、B君がすでに26歳の時だった。
本人は部屋に鍵をかけてとじこもってしまい、母親だけが相談しに来た。

B君は、親とはまったく会話がなく、お互いに何か伝えたいことがあれば、ドアの下から手紙のやりとりをする。
食事はドアの外に置いておくと、親が部屋から離れてから食べ、食べ終わると食器を部屋の外に出しておく。
お風呂などは、母親が「出かけるわよ」と声をかけて出て行っている間に入り、着替えをするというような生活であった。

母親が相談にやって来た時には、B君がひきこもってから、すでに十七年間も経過していた。
彼の場合には、両親に対して暴力を振るうことはなかったのだが、親が彼の部屋に入ろうとすると、「入るな」と激しい言葉で抵抗する。

ことに、塾に通わせて勉強を強制しようとした父親に対する反発は強かった。
父親は、B君が小学校の五年の頃に、「おれがいるから、この子は自由になれないのだろう」と考え、自宅から離れて実家に暮らすようになっていた。

それから母子二人の生活になったのだが、やはり、部屋から出てくることも、母親と顔を合わせるということもしない。
用事があればメモをやりとりするという生活が十七年間続いていたという。

相談を受けてから、父親が外国に赴任することになり、母親が一緒に行くかどうか迷っていた。
精神科医は「いい機会だから息子さんと離れたほうがいいでしょう」と強く勧め、母親は父親と外国へ行くことになった。
彼の側には、「何か困ったことがあったら、ここ(精神科医)のところへ電話をしなさい」と書いた名刺を置いて、母親はB君と離れたのである。

結局、彼から電話が来ることはなかった。
しかし二年ほどたったある日、二十代の男性が両親に付き添われて精神科医のもとにやって来た。
三人の顔を見ても、その精神科医はすぐにB君のことを思い出すことはできなかった。
しかし、母親の「先生、二年前はお世話になりました」という言葉で、ようやく母親の顔を思い出せた。
B君だったのだ。

彼は小学校三年から二十八歳まで、二十年近くにわたって引きこもっていたのだ。
何という頑固で強いひきこもりだったか。
しかし、そのとき彼が私に見せていた自然な笑顔は実に美しいものだった。

ただ、彼のいまの状態を把握するために、彼に幻聴のこと、妄想のことを聞くと、「はい、あります」と、淡々と答える。
つまり彼は統合失調症になっていたのだ。
ひきこもりとは、分裂病圏の素質のある人にとって、いとも簡単に統合失調症にさせてしまう状態のようである。

一人ひとりの心を正しくとらえることが大事

ひきこもる人の精神状態は正常から異常まで幅広く広がっている。
A子さんのようにひきこもっても正常な人、B君のようにひきこもって精神病になる人、もっとも多いタイプである人格障害に至る人、さまざまである。

「ひきこもりは正常だ」と強く主張する人たちがいる。
多くは自立援助組織で働いている、いわゆる素人のボランティアの人たちだ。

現在、大多数の精神科医は「ひきこもりの多くは精神障害である。とくに人格障害が多い」という意見となっている。

しかしなかには先ほど述べた、幼稚園から学校に行かなかったA子さんのように、きわめて正常と思わざるを得ないひきこもりも含まれていることは知っておいた方がいいと思っている。

しかし、素人の方々が半ばヒューマニズムと思い込んで、何らかの学問的な根拠もなく「ひきこもりは正常だ」と主張するのには、専門家としては辟易させられることも多い。

実際は、多くのケースで人格障害を主体とする精神障害の兆候が見られる。
人格障害以外では、社交不安障害、強迫性障害の人のケースも多い。
そして人格障害に社交不安障害、強迫性障害が加わると、治りはきわめて悪いものとなる。
なかには統合失調症、躁鬱病、うつ病という人もいるが、人格障害周辺の人たちが圧倒的に多いというのが「ひきこもり」の若者たちの実状である。

精神病である統合失調症や不安障害、とくに双極性障害(躁うつ病)は不登校をきっかけとする適応障害でなく内因性の傾向が強い精神障害なので、ひきこもりから分離すべきであろう
しかし、長いひきこもりの結果としての統合失調症は、ひきこもりもどきである。
ともあれ、あまり厳密に分類しない方がいまのところよいと思われる。

すでに述べたように、ひきこもっていても健康な場合もある。
しかし、ひきこもり期間が長くなった場合には、何らかの心の病気(精神障害)が絡んでいるケースが多い。
できるだけ早いうちに医療機関などに相談してほしい。

たとえ子どもが口では「放っておいてくれ」と言っていたとしても、心の底では「何とか助けて欲しい」と叫んでいるのだ。

もし、心の病気であったなら、ひきこもりの期間が短ければ短いほど、その後の治療も順調に推移しやすい。