仕事で挫けたときに使える心理的技法

仕事でミスをして「私には向いてないんじゃないだろうか」と自信を失う。

嫌な上司に気持ちがかき乱される。

他の人と比較して落ち込んでしまう。

仕事をしていればそんな体験は避けられない。

こんなとき、それぞれの人が自分なりの対処法を持っていることだろう。

とにかく寝る、友達に愚痴る、カラオケに行く、酒を飲む、運動するなど。

それはそれで心が落ち着けばよい。

とはいえ、気持ちを切り替えて仕事に集中しなければならないときとか、深夜に目覚めて眠れないときとか、何日も何日もつらい出来事が頭から離れないときなど、気持ちを切り替える心理的技法を習得していると助けになる。

感情の三つのバイアスを思い出す

嫌な感情はできるだけ広げないようにすることが原則である。

ところが、嫌な感情を増幅してしまう三つのバイアス(偏見、先入観)があり、このために、必要以上に心がかき乱されてしまう。

したがって、三つのバイアスを理解しておくと救いになる。

1.感情の予測バイアス

これは、感情を予測するときには、実際よりも過大に考えてしまうというバイアスである。

たとえば、就職活動をしているときは、「就職できたらどんなに素晴らしいだろう」と思っている。

ところが、いざ就職して働き始めると、さほどの嬉しさは感じられない。

三カ月もすれば、嬉しさよりも嫌さが勝って辞めてしまう人さえ出てくる。

恋愛中は「この人と結婚できたら最高に幸せ」と思っていたのに、早くも新婚旅行先でそれが幻想であったことを痛感する場面に出くわしたりする。

マイナスの感情でも同じである。

「案ずるより産むが易し」という言葉があるように、予測したときの方が実際よりもはるかにつらく感じられるのである。

予測バイアスは、また、その感情が実際よりも長く継続するという思い込みも引き起こす。

上司とぶつかってしまったから、失敗したから、もう会社にいられない。

もう立ち直れず、ずっと絶望的な気分から抜け出せないだろう。

このようにつらさを過大に見積もってしまい、つらい心がずっと続くと思い込んでしまう。

しかし、実際には、立ち直る日が思ったよりも早く来るものなのである。

2.感情の投射バイアス

そのときの自分の感情を反映した形で物事を歪めてとらえてしまう、というバイアスである。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と同じことで、怖がっているとなんでも怖いものに見えてくる。

ミスで落ち込んでいると、同僚の笑顔が自分への嘲笑のように見えてしまう。

上司の視線が自分を責めているかのように思われる。

否定的感情に支配されているときには、思考も否定的になってしまう。

「もともと、自分にはこの会社でやっていける能力などなかったのだ」などと。

このために、いっそう落ち込んでしまう。

3.感情の反芻バイアス

最初見たときは面白かった映画でも、何回も見れば飽きてしまう。

このように、プラスの感情は反芻するほど軽減していく。

ところが、逆に、マイナスの感情は、一定の期間でみると反芻するほど強まっていく。

これが感情の反芻バイアスである。

たとえば、ひどいショックを受ける体験をした人は、何度もその体験を思い出してしまう。

この再生が体験を固着させることでPTSD(心的外傷後ストレス障害)で長いこと苦しむことにもなるのである。

気持ちが落ち込みがちな人は、過去のマイナス体験を繰り返し思い出す傾向があり、そのためにつらさが持続してしまう。

感情の反芻バイアスに陥らないためには、我慢せずに、早い段階でマイナスの感情を吐き出すことである。

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感情を吐き出す

身体にため込まれたマイナス感情を吐き出すことで治療する方法に、生体エネルギー療法と呼ばれるものがある。

この療法では、たとえばベッドを思いきりたたく、寝ころんで両手両足をバタバタさせるなどの方法を使う。

こうすると、感情が高ぶってきて、泣いたり、わめいたりすることになる。

ところが、「いい人」ほどこうした幼稚で乱暴な行動ができない。

そのためにマイナス感情を溜め込んでいるのである。

だから、泣く、わめく、友達に愚痴る、ゲームセンターで攻撃的なゲームをする。

なんでもいいから、感情を思いきり吐き出すようにする。

嫌なことや負の感情を紙に書きなぐり、もう書き尽くしたと思えたとき、その紙を破り捨てることで、嫌な感情に区切りをつけるという方法もある。

イメージで気持ちを切り替える

意識が楽しいイメージに占領されれば、つらい感情は意識から排除される。

このメカニズムによって乱された気持ちを静める方法をイメージリラックス法という。

笑顔を作り、楽しい思い出をイメージする

意識的に心地よいイメージを思い浮かべることで、快適な気分がもたらされる。

何かつらいことがあったとき、あのときは楽しかったなとか、あの頃はよかったな、などと自然に過去の心地よい思い出に浸っていることがある。

このように、私たちは無意識のうちにイメージリラックス法を使っており、イメージでバランスを取り戻そうとするメカニズムをもともと心が備えているのである。

否定的感情を意識したら「ストップ」と、頭のなかで、あるいは実際に声を出して、その感情が広がることを止める。

そして、口元をゆるめて笑顔を作る。

すると、なんだか楽しい気分になってくる。

表情研究の第一人者であるポール・エクマンは、たとえば怒りの表情をすると心拍数が10以上も上昇するなど、ある表情をすればその表情に対応した感情が生起せざるを得ないと述べている。

憂鬱な気分を意識したとき、笑顔を作ることで気持ちを変える。

さらに、過去の楽しかった記憶や、自分の好きな心休まるイメージを思い浮かべる。

自信が揺らぐような体験で傷ついたときには、成功体験を思い浮かべる。

欧米では職場に家族の写真を置いている人が少なくない。

家族の写真を見れば、心が明るくなり、エネルギーが湧いてくる。

つらい気持ちを放り投げる

イメージリラックス法のもう少し組織立てられたやり方を紹介しておこう。

  1. 心がかき乱される原因となった出来事を思い浮かべて、心をつらさで満たす。
  2. そのつらい心を息と一緒に「フー」と、両手を器の形にして吐き出す。
  3. つらい気持ちが両手いっぱいになったら、それを握って硬い玉にする。
  4. その「つらい気持ち玉」を、思い切り遠くへ放り投げる。
  5. 同時に、「すっきりした」と、セルフトークする。
  6. お腹に手を当てて、手を当てた温かさを心地よく感じるようにする。
  7. 温かい心地よさがしだいに全身に広がっていくとイメージする。
  8. 心地よさを味わいながら、「とても気持ちが落ち着いている」と何度も何度も頭のなかでゆっくりと繰り返す。
  9. また、そのときの気持ちに応じて、自分が楽になる言葉を繰り返す。「大丈夫、また元気になれる」「自分には力がある」などと。こうしていると、心地よさのなかで、安心感が全身に広がっていく感じがする。

ばかばかしいと思うかもしれない。

しかし、イメージには私たちが考える以上の力がある。

イメージの力によって氷を触っても火ぶくれが起きる。

イメージの力によって、修行者は火を踏んでもやけどをしない。

イメージ力の強さは、とくにスポーツの世界で利用されており、いまや一流のスポーツ選手でイメージ・トレーニングを用いない人はいない、と言っても過言ではない。

セルフトークで元気を出す

気持ちが落ち込みやすい人は、ちょっとしたトラブルのときでも、「大変だ」「嫌だな~」「もう、だめだ」「最悪だ」などと無意識のうちに自滅的なセルフトークをしている。

このためにいっそう落ち込んでしまう。

だから、意識的に肯定的で楽しくなるセルフトークをすることである。

「無理だ」「もうだめだ」と思ったら、「やってみなければわからない」「やってみてから結論を出そう」「絶対手段があるはずだ」などと。

自信を失ったときには、自信を取り戻すセルフトークをする。

「大丈夫!自分にはできる」「私は必ず立ち直る」「自分を信じる」「これも試練、大丈夫、耐えられる」など。

混乱した感情を乗り越えて仕事をするためには、「今、しなければならないことに全力を尽くそう」「本来の課題にだけ集中しよう」などのセルフトークが有効である。

つらくても「快適、快適」と唱えよう。

そうすると、なんだかそんな気持ちになってきて、口元がゆるんでくる。

そして、「なんとかなるさ」「気楽にいこう」と繰り返す。

そう、世のなかはなんとかなるもの。

ほどほどに真面目にやっていれば、人生は楽しくやっていけるもの。

だから、仕事をするときには「よし、この調子、この調子!」、一日が終わったら、「やった、大満足」と自分に言ってあげよう。

人生設計が希望をもたらす

人生設計は落ち込んだ気分を希望へと変えてくれる。

夢や希望、自己実現への道を現在進みつつあることを確認することで、元気が出て、前進する力が湧いてくる。

私は不安や焦燥感を感じたとき、人生設計表を見る。

それにより、これまでの実績と将来像が明確になり、自信が湧き、希望を持って現実に立ち向かおうとするエネルギーが湧いてくる。

落ち込む気持ちを吹っ切って、前進する気持ちに切り替えたいとき、人生設計を確認することをお勧めしたい。

それによって、今現在の感情に飲み込まれることなく、長期的視野で自分を見ることができて、元気づけられるはずである。

しっかりした人生設計を持って、地道に努力していれば、必要以上に落ち込むことはない。

自分がたとえ遅々としてでも着実に前進していることが確認できて、自分を褒めたい気持ちになる。

自信を失うなどということはない。

腹式呼吸で落ち着こう

私たちは、通常、胸式呼吸と腹式呼吸の両方を行っているが、感情的に混乱しているときは浅くて速い胸式呼吸になっている。

また、緊張しやすい人や不安の強い人も、胸式呼吸優位の状態になっている。

これに対し、腹式呼吸は心身の緊張を解き、気持ちを静める効果がある。

ゆったりした腹式呼吸をすると、リラックス状態を示すα波が多くなり、心地よい気分をもたらすエンドルフィンやセロトニンの分泌が盛んになることが実証されている。

以下のような点に留意して腹式呼吸を習得しておこう。

1.片方の手を、おへその少し下に置く

これによって力を入れるポイントが明確になり、焦点を合わせやすくなる。

また、腹式呼吸になっているかどうかのチェックにもなる。

腹式呼吸になっていれば、息を吐いたときにお腹がへこみ、吸ったときにお腹がふくらむ。

2.お腹をへこますようにして、口からゆっくり息を吐く

このとき、口を少しすぼめる形で息を吐くと、お腹で吐くという感覚をつかみやすい。

3.お腹の力を抜き、鼻から息を吸う

息を吐き終わったところでお腹の力を抜くと、自然にお腹が元の位置に戻ろうとして吸気になる。

さらにもう少しだけお腹をふくらませることで、深い吸気になるようにする。

「吐く息と吸う息の長さは二対一」とか、「吸ったら、少し息を止めてから吐く」ということを推奨する人もいる。

ポイントは、ゆっくり吐くということであり、自分で気持ちいいと感じるリズムで大丈夫である。

また、息を吐くときに、「不快感情を息と一緒に吐き出す」というイメージを併用したり、「とても気持ちよくなった」とか「気持ちがすっきりしている」などと頭のなかで唱えるのも効果的である。

生きている限り休むことのない呼吸。

ほんのちょっとでも呼吸を効率化すれば、一生のうちにその差は膨大なものになる。

心地よい腹式呼吸法を習得しておいて絶対に損はない。

自律訓練法で心身ともにリラックス

不安になりやすい人、緊張しやすい人、気持ちが混乱しやすい人は、自律訓練法を身に付けると助けになる。

自律訓練法は、ドイツのイエナ大学精神科教授ヨハネス・H・シュルツによって体系化されたもので、身体的に弛緩した状態を自己暗示で作り出すことによって、心を落ち着かせようとする方法である。

この方法は、不安、緊張、焦り、怒りなど感情的な興奮を静めるだけでなく、ある種の高血圧症などにも有効性が実証されている。

また、心身のリフレッシュ作用があり、免疫力が高まるという研究結果もある。

緊張したときや不安なとき、夜眠れないときなどにその効果を実感できる。

自律訓練法の具体的なやり方はこちらを参照

気持ちを落ち着けなければと思う時、緊張する場面に直面したとき、嫌なことで気持ちが重たいとき、気がかりなことがあって眠れないとき、適宜行うことで気持ちが落ち着いてくる。

また、自信を取り戻したいなら、自律訓練法を行うことと並行して「私はできる」「私はやり遂げられる」などの言葉を何度も何度も繰り返す。

自律訓練法により被暗示性が高まった状態なので、たんなるセルフトークよりも効果的である。

「自分にはこれがある」というだけでも、精神的に大いに支えになる。