内向型と外向型の考え方の違い

報酬に対する感度が強すぎると

株価が大暴落した2008年のことだ。

12月11日、午前7時30分にジャニス・ドーン博士の電話が鳴った。

東海岸の市場がふたたび大殺戮の幕を開けていた。

住宅価格相場が急落し、債券市場は凍り付き、<ゼネラルモーターズ(GM)>は破産の瀬戸際だった。

いつものように寝室で電話を受けたドーンは、緑色の羽根布団の上でヘッドホンをつけた。

殺風景な部屋のなかで、豊かな赤毛に象牙色の肌、成熟したレディ・ゴディヴァを思わせるドーンは、なによりも色彩豊かな存在だ。

ドーンは神経科学の博士号を持ち、専門は脳神経解剖学。

精神科の専門医でもあり、金の先物取引の有力なトレーダーでもあり、そのうえ、<経済精神科医>として約600人のトレーダーのカウンセリングをしている。

「やあ、ジャニス!ちょっと話をしたいんだが、いいかな?」その朝電話してきたアランという名前の男性が尋ねた。

そんな時間はなかった。

三十分に一度は必ずトレーディングをすることにしているので、今日も早くはじめたかった。

だが、アランの声にはどこか必死な響きが感じられたので、彼女はどうぞ、と答えた。

アランは60歳の中西部人で、仕事熱心で忠誠心に溢れた、世の規範たる存在という印象の人物だ。

外向型特有の陽気で独断的なタイプの彼は、悲惨な話をしようとしているにもかかわらず快活な口調だった。

アランと妻は引退するまでしっかり働いて、100万ドルもの老後資金を貯めた。

だが、四ヵ月前、米政府が自動車業界を救済するかもしれないという話をもとに、株売買の経験がまったくないにもかかわらず、GMの株を10万ドルも買うことを決めた。

絶対に負けない投資だと確信していた。

その後、政府が自動車業界を救済しないという報道が出た。

GMの株は売られ、株価は暴落。

それでも、アランはまだ、大きく勝つ夢を見て、株を持ち続けた。

そのうちにきっと相場が反発すると確信していた。

だが、株価は下がりつづけ、とうとうアランは巨額の損失を出して持ち株を売ることにした。

悪いことはそれで終わりではなかった。

その後、政府が救済を実施するというニュースが再び流れると、アランはここぞとばかりに数十万ドルを投じて、安くなったGM株を買った。

だが、またしても同じことが起こった。

救済が実施されるかどうか、先行きが不透明になったのだ。

そこで、アランはまたしても株を持ち続けた。

株価がこれ以上、下がるなどありえないと思ったというのが、彼の「説明」(説明という言葉を括弧でくくったのは、ドーンによれば、アランの行動には意識的な説明はあまり関連がないからだ)だった。

彼は株が大きく値上がりするのを期待した。

だが、株価は下がった。

一株七ドルまで下がった時点で、アランは持ち株を売った。

そして、またしても救済措置の話が取りざたされると、性懲りもなく株を買って・・・。

結局のところ、GMが一株二ドルにまで下落したとき、アランは70万ドル、つまりは老後資金の70%を失っていた。

アランは狼狽した。

そして、どうしたら損失を取り戻せるかとドーンに尋ねた。

彼女にはどうしようもないことだった。

「なくなってしまったのです。投資金を取り戻すことはできません」彼女はアランに答えた。

いったいなにがいけなかったのかと彼は訊いた。

なにがいけなかったのか。

それについてドーンが思い当たることはいろいろある。

そもそも、なんの予備知識もなしに株に手を出すべきではなかった。

しかも、投資額が大きすぎた。

資産の5%、つまり5万ドル程度に制限すべきだった。

だが、最大の問題はアランが自分で自分をコントロールできないことにあったのかもしれない。

彼は心理学者が言うところの「報酬に対する感度」が過敏な状態に陥ってしまったのだ。

報酬に対する感度が過敏な人は、宝くじを買うとか、友人と夜ごと出かけて楽しむとか、さまざまな報酬を得ようと夢中になってしまう

報酬に対する感度は、セックスや金銭や社会的地位や影響力といった目標を達成しようと私たちを駆り立てる。

階段をのぼって、高い枝に手を伸ばし、人生の最高の果実を獲得しろとハッパをかける。

だが、時として、報酬に対して過敏になってしまう人がいる。

暴走した過敏性は、ありとあらゆるトラブルをもたらす。

たとえば、株売買で大金を手に入れられるだろうと期待して興奮するあまりに、大きすぎるリスクを冒して、明白な警告信号を無視してしまうのだ。

警告信号はたくさんあったのに、大金を手に入れられると期待するあまり興奮していたアランには、それがまったく見えなかった。

報酬に対する感度が平静さを失ったときの典型的なパターンに陥っていたのだ。

速度を落としなさいという警告信号を受けたのに、かえって速度を上げてしまった―投機的な株取引にのめり込んでかけがえのない財産を捨ててしまったのだ。

経済界の歴史には、ブレーキを踏むべきときにアクセルを踏んでしまった例がたくさんある。

行動経済学者たちは、企業買収の際に競争相手に勝とうと夢中になるあまり、法外な大金を投じてしまう経営者たちをたくさん見てきた。

そうした事例はあまりにも多く、「ディール・フィーバー」という言葉があるほどで、それには「勝利者の呪い」がつきものだ。

その典型的な例が、合併後の新会社が驚異的な赤字を出し、「世紀の失敗合併」と呼ばれたタイム・ワーナーとAOLの合併だ。

AOLの株価は大幅に過大評価されているという警告がたくさんあったにもかかわらず、タイム・ワーナーの重役陣は満場一致で合併を承認した。

「合併話をまとめたとき、私は42年ほど前にはじめて女性と愛を交わしたとき以上に興奮し、夢中になっていた」というのは、重役陣のひとりであり、最大の個人株主でもあるテッド・ターナーの発言だ。

合併が合意に達した翌日の『ニューヨーク・ポスト』紙には、「テッド・ターナーいわく、セックスよりも最高」と見出しが躍った。

頭のいい人間が、なぜ時として報酬過敏になるのかを考えさせられる事例だ。

■参考記事
内向型と外向型はどこが違う?
内向型人間の心理
生まれつきの内向型
パートナーの内向型、外向型組み合わせ特徴
内向型の子育て

外向型は経済的にも政治的にも報酬を求める

ドーンは経験からして、外向型の顧客は報酬に非常に過敏であり、対照的に内向型の顧客は警告信号に注意を払うと言う。

内向型は欲望や興奮といった感情を調節するのがうまい。

彼らは損をしないように自分を守る。

「私が相談を受けている顧客のなかで、内向型の人は『大丈夫だよ、ジャニス。興奮してわれを忘れてしまいそうだけれど、そんなことをしてはいけないとわかっているから』と言えることが多いのです。

内向型は計画を立てるのが上手で、いったん立てた計画はきちんと守ります」とドーンは言う。

ドーンによれば、報酬に対する反応の点で、外向型と内向型との違いを理解するには、脳の構造について少し知らなければならない。

大脳辺縁系はもっとも原始的な哺乳類にも共通するもので、感情や本能を司っているが、ドーンはそれを「古い脳」と呼んでいる。

大脳辺縁系には、扁桃体や脳の「喜びの中枢」と呼ばれる側坐核などが含まれている。

ここでは、欲望に関する部分について記してみたい。

古い脳は、つねに私たちに「イエス!イエス!イエス!もっと食べて、飲んで、セックスして危険を冒して、楽しむだけ楽しみなさい!とにかく、なにも考えてはいけません!」と言っている。

古い脳の、報酬を求め快楽を愛する部分が、アランをけしかけて大事な老後資金をまるでカジノのチップのように扱わせたのだ、とドーンは信じている。

私の脳には、大脳辺縁系よりも数百万年もあとに進化した、新皮質と呼ばれる「新しい脳」がある。

新しい脳は、思考や計画、言語、意思決定など、人間を人間たらしめる機能を司っている。

新しい脳もまた、私たちの感情の働きに重大な役割を担っていて、合理性の中枢部なのだ。

新しい脳は、私たちに「ノー!ノー!ノー!危険で、でたらめなことをしてはいけません!でたらめなことをしてはいけません!あなたにとっても、あなたの家族にとっても、社会にとっても利益になりません!」と言っている。

では、アランが株投資でわれを忘れていたとき、新皮質はどうしていたのだろう?

新しい脳と古い脳は連係して働くが、それは必ずしもうまくいかない。

両者が衝突した場合、私たちはより強い信号を送っているほうの言いなりになる。

つまり、アランの新皮質は「用心しろ!」という信号を送っていたが、古い脳との力ずくの網引きに負けたのだ。

もちろん、人間はみな古い脳を持っている。

だが、高反応の人の扁桃体が刺激に対してより敏感であるのと同じように、外向型は内向型よりも、報酬を求める古い脳の反応が敏感らしい。

じつのところ、報酬に対する敏感さは外向型のたんなる興味深い特徴のひとつではなく、外向型を外向型たらしめていると考え、その点について研究している科学者たちもいる。

言い換えれば、権力からセックスやお金にいたるまで、さまざまな報酬を求める傾向によって、外向型は性格づけられているというのだ。

彼らは経済的にも政治的にも、そして快楽の点でも、内向型よりも大きな野心を抱いている。

この考え方によれば、彼らが持つ社交性は報酬に敏感だからこその機能ということになる。

人付き合いが本質的に心地いいから、外向型は社交的にふるまうわけだ。

報酬を求めることの根底にあるものはなんだろう?

鍵となるのは肯定的な感情のようだ。

外向型は内向型よりも多くの喜びを体験する傾向がある。

喜びの感情は「たとえば、価値のあるなにかを追い求めて、手に入れることに反応して活性化する。

手に入れると予想すると興奮が生じ、いざ手に入ると、喜びが続くのだ」と心理学者のダニエル・ネトルが著書で述べている。

すなわち、外向型は「熱狂」と呼ばれるべき感情を頻繁に抱く

これは、急激に活性化する、熱烈な感情だ。

人は誰でもそういう感情を抱くことがあるが、その強さや頻度には個人差がある。

外向型は目標の追求と達成に対して、格別な熱狂を抱くようだ。

熱狂をもたらすのは、眼下前頭皮質、側坐核、扁桃体を含む、「報酬系」と呼ばれる脳内の構造ネットワークの強力な活性化だ。

なんらかの報酬を得られるという期待に対して、興奮を起こさせるのが報酬系の働きだ。

たとえば、ジュースや現金や魅力的な異性の写真を被験者の目の前に呈示して、脳のfMRIを撮ると、期待による興奮で報酬系が活性化しているのがわかる。

神経細胞が報酬系に情報を伝える際に、ドーパミンと呼ばれる神経伝達物質―脳細胞間で情報を運ぶ化学物質―が使われる場合がある。

なんらかの報酬を期待すると、それに反応してドーパミンが分泌され、いい気分をもたらす。

脳がドーパミンに敏感であるほど、あるいはドーパミンの分泌量が多いほど、たとえばセックスやチョコレートや現金や社会的地位といった、報酬を追い求める可能性が高くなる。

実験で、ネズミの中脳のドーパミンを活性化する部分を電気で刺激すると、興奮してケージのなかで走りまわり、結局は餓死してしまう。

外向型は内向型よりもドーパミンの活性が強いようだ。

外向性とドーパミン、そして脳の報酬系との正確な関係は完全には解明されていないが、これまでの発見は好奇心をそそる。

コーネル大学の神経生物学者リチャード・デピューが、ドーパミンの分泌をうながすアンフェタミンを外向型と内向型それぞれの集団に与える実験をしたところ、外向型のほうが強く反応することがわかった。

別の実験では、ギャンブルで勝ったとき、外向型は内向型よりも脳の報酬系の活性化が著しいとわかった。

また、ある調査では、脳領域で報酬系の鍵となる役割を担っている眼下前頭皮質が、外向型では内向型よりも大きいとわかった。

対照的に、内向型の報酬系は「反応が比較的鈍く、報酬を求めて逸脱することが外向型よりも少ない」と心理学者のネトルは書いている。

内向型は「そうでない人たちと同じようにセックスやパーティや社会的地位に心惹かれることがあるが、彼らを駆り立てる力は比較的小さいので、それらを手にしようとして大ケガをすることはない」のだ。

要するに、内向型は簡単には熱狂しない。

いくつかの点で、外向型は幸運だ。

熱狂は楽しげに踊るシャンパンの泡のようなものだ。

仕事でも遊びでも、私たちをやる気にさせる。

危険な賭けをする勇気をくれる。

ふだんならば絶対にできないと思っていることをやってみようという気にさせる。

たとえばスピーチ。

一生懸命に準備をして、大事な講演をしたとしよう。

伝えたいことを話し終えると、聴衆が立ちあがって心からの盛大な拍手を送ってくれる。

講演を終えて会場から去るとき、ある人は「言いたいことをわかってもらえてうれしい。役目を果たせてうれしい。これで解放される」と思うかもしれない。

ところが、熱狂に敏感な人は、「すばらしい体験だった!あの喝采が聞こえるかい?話を聴いていた人たちの表情を見たか?本当にすばらしい!」と思うのだろう。

だが、熱狂には否定的な面もある。

「肯定的な感情を強調するのはいいことだと誰もが考えるけれど、必ずしもそうではない」心理学教授のリチャード・ハワードは、サッカーの勝利に興奮した観客が暴れて損害が生じる例をあげて指摘した。

「人々が肯定的な感情を増幅させた結果、反社会的で自滅的な行動を引き起こすのだ」と。

熱狂のもうひとつの欠点は、リスクにつながることだろう。

それがきわめて大きなリスクである場合もある。

熱狂は私たちに用心しなさいという警告信号を無視させる。

テッド・ターナー(彼は極端な外向型のようだ)が、AOLとタイム・ワーナーとの合併を初体験になぞらえた本当の意味は、自分はガールフレンドとはじめて夜を過ごすことに興奮して、それがどんな結果をもたらすか考えもしない思春期の青年と同じような熱狂状態だった、ということだったのかもしれない。

そんな具合に危険を無視しがちなことは、外向型が内向型よりも、交通事故死や事故による入院、危険なセックス、危険なスポーツ、不倫、再婚などの確率が高い理由を説明してくれる。

さらには、なぜ外向型が自信過剰に陥りやすいかを説明する助けにもなる―自信過剰とは能力につり合わない自信を持つことだ。

熱狂とはジョン・F・ケネディの華やかな魅力だが、同時にケネディ家の呪いでもある。

■参考記事
内向型人間の楽になる人付き合い
内向型の人の仕事が楽になる方法
内向型の自分で楽に生きる方法
生まれ持った内向性を大事に育む
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金融危機をもたらしたのは押しの強い外向型

外向性が報酬系の過敏さに起因するという理論はまだ新しく、確立されていない。

外向型の人が全員つねに報酬を強く求め、内向型の人は全員つねに自制してトラブルを避けると言い切ることはできない。

それでも、この理論は、人生や組織のなかで内向型と外向型が演じている役割を考え直してみるべきだと思わせる。

また、集団で物事を判断するとき、なにか問題を解決しようとするときはとくに、外向型は内向型の意見に耳を傾けるのがいいと示唆している。

十分なリスク計算のない、やみくもさも手伝って引き起こされた、2008年の大暴落と呼ばれる経済危機の後、ウォール街では、女性を多くして男性を少なくするほうが―つまり、テストステロンの量を減らしたほうが―よい結果をもたらしたのではなかろうかという推論が流行した。

だが、舵取り役に内向型を少し増やして、ドーパミンの量を減らしたらどうなっていたかについても、私たちは考えるべきなのだろう。

いくつかの研究結果が、そうした疑問に間接的に答えている。

ノースウェスタン大学<ケロッグ経営大学院>のカメリア・クーネン教授は、強いスリルを求める外向性に関連するドーパミンを調節する遺伝子(DRD4)に変異がある人は、経済的なリスクを負う可能性が高いことを発見した。

対照的に、内向性や敏感さに関連するセロトニンを調節する遺伝子に変異がある人は、リスクを負う確率が前者よりも28%も低かった。

さらに彼らは、複雑な意思決定を必要とするギャンブル・ゲームでもよりよい結果をあげた(勝率が低いと思われるとき、彼らはリスクを冒すことを嫌い、勝率が高いと思われるとき、リスクを冒す傾向が比較的高かった)。

投資銀行のトレーダー64人を対象にした別の研究では、パフォーマンスがもっとも高いトレーダーたちは感情的に安定している内向型が多かった。

内向型はまた、SATの点数や収入やBMI(身長から見た体重の割合を示す体格指数)などすべてに関連する重大なライフ・スキルである、楽しみをあとにとっておくという点でも、外向型よりも優れている。

ある研究で、研究者が被験者たちに、すぐにもらえる少額の報酬(アマゾンのギフト券)と、二週間から四週間後にもらえるもっと高額のギフト券のどちらかを選ぶよう指示した。

客観的に考えれば、すぐにではなくても近い将来にもらえる高額のギフト券のほうが望ましいはずだ。

ところが、多くの人がすぐにもらえるほうを選んだ。

そして、そのときの彼らの脳をスキャンしたところ、報酬系の働きが活性化していた。

二週間後の高額のギフト券を選択した人々は、前頭前皮質の活性化が観察できた。

配慮を欠いたメールを送ってしまったり、チョコレートケーキを食べ過ぎたりしないようにとあなたに話しかける、「新しい脳」と呼ばれる部位だ(前者は外向型の人々であり、後者は内向型の人々だと示唆する、似たような研究もある)。

1990年代、エリはウォール街の法律事務所に勤めていた。

他行が貸し出した貸し出したサブプライムローンの一括購入を考えている銀行の代理人をつとめるチームの一員だったのだ。

仕事は調査活動全般で、関連文書に目を通して各ローンの事務処理がきちんと行われているかを調べるのが仕事だった。

借り手は支払い予定の利率を知らされているか、利率が漸次上昇すると周知されているか、そうした点を確認していた。

書類には不正行為がぎっしり詰まっていた。

もし、エリが銀行家だったら、徹底的に調査するところだ。

だが、法律家チームが会議でリスクを指摘したところ、銀行側はまったく問題を感じていないようだった。

彼らは安い価格でローンを買い取って得られる利益ばかり見て、契約を進めることを望んだ。

このような目先の利益を追求しようとした誤算が、2008年の大暴落のときに数多くの銀行の破滅を助長したのだろう。

ちょうど同じ頃、いくつかの投資銀行が大きなビジネスを獲得しようと競合しているという噂がウォール街に流れた。

それぞれの銀行が選任チームをつくって、顧客に売り込みをかけた。

どのチームも、スプレッドシートや提案用資料を呈示し、パワーポイントでプレゼンをした。

だが、勝利を得たチームはそこに演出をひと味加えた。

野球帽をかぶり、胸にFUDと書かれたTシャツを着て、会議室に登場したのだ。

FUDは、恐れ(fear)、不確実(uncertainty)、疑い(doubt)の頭文字で、その三文字が太い×印で消されていた。

FUDは世俗の三位一体の象徴だった。

そのチームはFUDを克服し、競争に勝った。

2008年の大暴落を目の当たりにした投資会社<イーグル・キャピタル>社長のボイキン・カリーは、FUDに対する軽蔑―そして、FUDを感じる傾向がある人々に対する軽蔑が、大暴落の発生をうながしたのだと表現した。

攻撃的なリスクテイカーたちにあまりにもパワーが集中しすぎていたのだ。

「20年にわたって、ほぼすべての金融機関のDNAが・・・危険なものへと変化した」と、当時カリーは『ニューズウィーク』誌に語っている。

「誰かがレバレッジ比率を上げて、もっとリスクをとろうと強く主張するたびに、つぎの数年間でその意見が『正しい』と立証された。

そう主張した人々は賞賛され、昇進し、発言権を増した。

逆に、強気に出ることを躊躇し、警告を発した人は『間違っている』と立証された。

彼らは糾弾され、無視されるようになり、発言権を失った。

どの金融機関でも、そんなことが日々繰り返され、ついには、先頭に立つのは特殊な種類の人ばかりになった」

カリーはハーバード・ビジネススクール卒で、パームビーチ生まれのデザイナーである妻のセレリー・ケンブルとともに、ニューヨークの政界と社交界の有名人だ。

いうなれば、彼こそ「とても積極的な」人々の一員のはずだが、思いがけないことに、内向型の重要性を訴えるひとりでもあった。

世界的な金融危機をもたらしたのは押しの強い外向型だというのが、彼の持論だ。

「特定の性格を持つ人々が資本や組織や権力を握った。

そして、生まれつき用心深く内向的で物事を統計的に考える人々は正しく評価されず、片隅に追いやられたのだ」と彼は語った。

不正経理や粉飾決算を重ねたあげく、2001年に倒産した<エンロン>のリスク管理担当役員をつとめていた、ライス大学ビジネススクールのヴィンセント・カミンスキー教授も、『ワシントン・ポスト』紙にアグレッシブなリスクテイカーたちが用心深い内向型よりもはるかに高い地位にいた企業内風土について、似たような話を語った。

穏やかな口調で言葉を選んで語るカミンスキーは、エンロン・スキャンダルに登場する数少ないヒーローのひとりだ。

彼は、会社が存続の危機にさらされるような危険な状態にあると上層部にくりかえし警告を試みた。

上層部が聞く耳を持たないと判ると、カミンスキーは危険な業務処理を決裁するのを拒み、自分のチームにも働かないように指示した。

すると会社は彼の権限を奪った。

「ヴィンス、きみが書類を決裁してくれないとあちこちから苦情が来ているぞ。

まるで警官みたいなことをしているそうじゃないか。

うちには警察なんかいらないぞ」エンロンのスキャンダルを描いたカート・アイヘンワルドの『愚か者の陰謀』によれば、社長がカミンスキーにそう言った。

だが、彼らは警察を必要としていたし、それは現在も同じだ。

2007年に信用危機がウォール街の大銀行を存亡の危機にさらしたとき、あちこちで同じようなことが起きたのをカミンスキーは見た。

「エンロンに取りついた悪魔たちはまだ追い払われていない」と、彼はその年の11月に『ワシントン・ポスト』紙に語った。

多くの人々が銀行の抱えているリスクを理解していないことだけが問題なのではない、と彼は説明した。

現実を理解している人々がそれを無視しつづけていることもまた問題なのだ-その理由のひとつは間違った性格タイプを持っているからだ。

「私は何度となくトレーダーに面と向かって、これこれこうなったら、あなたのポートフォリオは崩壊すると指摘した。

すると彼は、そんなことがあるわけがないと怒り、私を罵倒した。

問題なのは、会社にとって向こうは雨を降らせてくれる呪い師のようなもので、こちらは内向的な愚か者ということだ。

となれば、どちらが勝つかは明白だろ?」

■参考記事
内向型と外向型、対照的な二つの性質
外向型はどのようにして文化的理想になったか
内向型、外向型のリーダーシップ
共同作業が創造性をなくす
内向型は生まれつきなのか

内向型の方が優れている

では、熱狂が正しい判断を狂わせるのは、正確にはどんなメカニズムによるものだろう?

ジャニス・ドーンの顧客のアランは、いったいどのようにして、財産の70%が消えてしまうぞという重要な危険信号を見逃したのか。

まるでFUDが存在しないかのように、人々を駆り立てるものはなんだろう?

ウィスコンシン大学の心理学者ジョセフ・ニューマンの実験室へ招かれて、研究の被験者になったと想像してみよう。

あなたはそこでゲームをして、ポイントを稼げば稼ぐほど現金を手に入れられる。

パソコン画面に12個の数字がひとつずつ順不同に現れる。

手元にはボタンがあって、被験者は数字が現れるごとにボタンを押す。

押した数字が「正解」ならばポイントを獲得でき、「不正解」ならばポイントを失う。

ボタンを押さなければポイントは変化しない。

何度か試行錯誤してから、4が正解で9が不正解だとわかった。

つまり、今度9が登場したらボタンを押さないでいればいいのだ。

ところが、そうとわかっていてもボタンを押してしまうことがある。

外向型のなかでも特別に衝動的な人は、内向型と比較して、このような誤りをすることが多い。

なぜだろう?心理学者のジョン・ブレブナーとクリス・クーパーによれば、外向型はあまり考えずにすばやく行動するそうだ。

内向型は「調べること」に、外向型は「反応すること」に適応しているのだ。

だが、外向型の不可思議な行動がさらに興味深いのは、間違った行動をしたあとにある。

不正解である9を押してしまうと、内向型はつぎの番号に移る前に時間をかけて、なにが悪かったのかを考えている。

だが、外向型はそこで速度を落とさないどころか、かえってペースを速める。

これは奇妙に感じられる。

いったいなぜ、そんなことをしてしまうのか?それにはちゃんとした理由があるのだ、とニューマンは説明する。

報酬に敏感な外向型は、目的を達することに集中してしまうと、なんだろうと邪魔はされたくない―否定する人だろうと、9という数字だろうと。そういう邪魔者を払いのけるためにペースを速めるのだ。

だが、時間をかけて見極めるほど学ぶことも多くなるのだから、これは決定的に重大な失策だ。

もっとゆっくりやりなさいと命令すれば、外向型も内向型と同じようにポイントを稼げる。

ところが、好きにやらせておくと、けっして休まない。

そのため、どうして間違えたのか学習しない。

それはテッド・ターナーのような外向型が合併金額の入札で競り勝とうとするのと同じ仕組みだ、とニューマンは言う。

「高すぎる値段をつけるのは、抑制すべき反応を抑えていないのです。

決定を左右する情報を考慮していないのです」とニューマンは説明した。

対照的に、内向型は報酬を重要視せず―熱狂を殺す、とも表現できる―問題点を入念に調べるように、生まれつきプログラムされている。

「彼らは興奮するとすぐにブレーキを踏んで、もしかしたら重要かもしれない関連事項について考えます。

内向型はそのように配線されていて、あるいは訓練されていて、興奮を感じると警戒を強めるのです」とニューマンは語る。

さらに、内向型は新しい情報を自分の予想と比較する傾向があるそうだ。

「予期した通りのことが起きたのか。なるべくしてこうなったのか」と、彼らは自分自身に問いかける。

そして、予想が当たらないと、失望の瞬間(ポイントを失う)と、そのときに周囲でなにが起きていたか(数字の9を押した)とを結びつける。

それによって、つぎに警告信号にどう反応するかについて明確な予測をする。

内向型が勢いよく前進するのをいやがることは、リスクを回避することになるだけでなく、知的な作業をするうえで役立つ。

複雑な問題解決をする場合の外向型と内向型のパフォーマンスの差について、いくつかわかっていることがある。

小学生の時点では、外向型は内向型よりも学校の成績がいいが、高校や大学になると逆転する。

大学レベルでは、内向性は学業成績を予想するうえで認知能力よりも有効な手がかかりとなる。

ある研究では、大学生141人を対象に、美術、天文学、統計学など20種類のさまざまな科目に関するテストをしたところ、ほぼ全科目について内向型の学生のほうが知識で勝っていた。

修士号や博士号を取得する人数も、全米育英会奨学金を受ける人数も、成績優秀者が入会できる<ファイ・ベータ・カッパ・クラブ>の会員数も、内向型のほうが多い。

企業が採用や昇進の際に使用する、批判的・論理的思考力を評価する<ワトソン・グレイザー批判思考力テスト>でも、外向型より高得点をとる。

心理学者が「洞察的問題解決」と呼ぶ点でもすぐれている。

問題は、それがなぜなのかだ。

内向型が外向型よりも賢いということではない。

IQテストの結果からして、両者の知性は同等だ。

そして、課題数が多い場合、とくに時間や社会的なプレッシャーや、複数の処理を同時にこなす必要があると、外向型のほうが結果がいい。

外向型は多すぎる情報を処理するのが内向型よりもうまい。

内向型は熟考することに認知能力を使いきってしまうのだと、ジョセフ・ニューマンは言う。

なんらかの課題に取り組むとき、「100%の認知能力のうち、内向型は75%をその処理にあてるが、外向型は90%をあてる」と彼は説明する。

これは、たいていの課題は目的を達成するものであるからだ。

外向型は当面の目標に認知能力のほとんどを割りあて、内向型は課題の処理がどう進んでいるか監視することに認知能力を使うのだ。

だが、心理学者のジェラルド・マシューズが著書で述べているように、内向型は外向型よりも注意深く考える。

外向型はより安直なやり方で問題解決を図り、正確さは二の次なので、作業が進むほどに間違いが増え、問題が難しくて自分の手には負えないと挫折感を抱くと、すべてを投げだしてしまう傾向がある。

内向型は行動する前に考えて、情報を綿密に消化し、時間をかけて問題解決に取り組み、簡単にはあきらめず、より正確に作業する。

内向型と外向型とでは注目点も異なる。

内向型はぼんやりと座って思考をめぐらせ、イメージし、過去の出来事を思い出し、未来の計画を立てる。

外向型は周囲で起きていることにもっと目を向ける。

あたかも、外向型は「これはなんだろう」と見ているのに対して、内向型は「もし・・・したら、どうなるだろう」と問いかけているかのようだ。

内向型と外向型の対照的な問題解決スタイルは、さまざまな形で観察されている。

ある実験では、心理学者が50人の被験者に難しいジグソーパズルを与えたところ、外向型は内向型よりも途中であきらめる確率が高かった。

また、リチャード・ハワード教授が内向型と外向型の人たちに複雑な迷路の問題をやらせたところ、内向型のほうが正解率が高く、実際に解答用紙に書き始める前に時間をかけて考えることがわかった。

しだいに難易度が増す五段階の問題で知性を測る<レーヴン斬進的マトリックス検査>でも、同じような結果が出た。

外向型は最初の二段階の問題で高得点を取り、それはおそらく、目標をすばやく見極める能力のおかげだろう。

だが、より難しい残りの三段階で持続性が必要になってくると、内向型のほうが高得点になる。

最後のもっとも難しい段階では、あきらめてしまう確率は外向型のほうが内向型よりもずっと高い。

内向型は持続性を必要とする社会的な課題でも外向型をしのぐ場合がある。

<ウォートン・スクール>のアダム・グラント教授は、コールセンターの従業員に向いている特質を研究したことがある。

グラントは外向型のほうが適しているだろうと予測したが、実際には、電話勧誘の成績と外向性とはなんの関連もなかった。

外向型の人は電話で流れるように話す。けれど、話しているうちに、なにかに気をとられて焦点を見失ってしまう」とグラントは語った。

対照的に、内向型の人は「静かに話をするけれど、とてもねばり強い。

焦点をしっかりさせて、それに向かって話している」という。

外向型でたったひとりだけ内向型をうわまわる成績をあげた従業員は、注意深さに関する得点が例外的に高かった。

つまり、社会的技能が必要とされる職種でも、外向型の陽気さよりも内向型の持続性が役立ったのだ。

持続性はあまり目立たない。

もし、天才が1%の才能と99%の努力の賜物ならば、私たちの文化はその1%をもてはやす傾向がある。

その華々しさやまぶしさを愛するのだ。

だが、偉大なる力は残りの99%にある。

私はそんなに頭がいいわけではない。問題により長く取り組むだけだ」と、極度の内向型だったアインシュタインは言った。

■参考記事
内向型の人間がスピーチをするには
なぜクールが過大評価されるのか
なぜ外向型優位社会なのか
性格特性はあるのか
内向型と外向型の上手な付き合い方
内向型をとことん活かす方法

フローの状態になる内向型

すばやく作業を進める人を中傷するつもりはないし、慎重で用心深い人を褒めたたえるつもりもない。

重要なのは、私たちは熱狂を過大評価し、報酬に敏感であることのリスクを過小評価する傾向があるということだ。

つまり、行動と思考とのバランスがつり合うところをさがす必要がある。

<ケロッグ経営大学院>のカメリア・クーネン教授は、こう語った。

たとえば、あなたが投資銀行の採用担当なら、強気な相場で利益を出す可能性が高く、報酬に敏感なタイプだけでなく、もっと冷静で中立なタイプも欲しいだろう。

企業の重要な判断をするには、片方だけでなく両方のタイプの考えを反映させたいと思うはずだ。

そして、報酬に敏感なタイプの人は自分の感情傾向を理解し、マーケットの状況に応じてそれを調節することができるのだ。

だが、ここで言いたいのは、雇い主が従業員のことをより詳しく知れば利益を得られるという話ではない。

私たちは自分自身をもっと詳しく知る必要があるということだ。

自分が報酬に敏感なタイプなのだと知ることは、よりよい人生を生きるためのパワーになるのだ。

もし、あなたが熱狂しがちな外向型なら、幸運なことに、前向きな感情をたっぷり味わえるだろう。

それを最大限に活用しよう。

物事をなし遂げ、人々に影響を与え、大きなことを考えなさい。

起業したり、ウェブサイトを立ち上げたり、子どものために立派なツリーハウスをつくったりしなさい。

けれど、同時に、守りを知る必要があるというアキレス腱を持っていることを自覚しよう。

財産や社会的地位や興奮をすぐにもたらしてくれそうなことではなく、自分にとって本当に意味があることにエネルギーを使えるように、自分自身を訓練しよう。

物事が思い通りに運んでいないことを示す警告信号が出たら、立ち止まって考えるようにしよう。

失敗から学ぼう。

あなたの歩調を緩めさせ、あなたが見過ごしてしまう部分を補ってくれる、自分とは対照的な人(配偶者でも友人でもビジネスパートナーでも)をさがそう。

そして、投資するときや、リスクと報酬との賢いバランスを取る必要がある行為をするときには、つねに自分をチェックしよう。

そのための上手な方法のひとつは、なにか決断する前に、頭のなかが報酬のイメージで一杯になっていないか確かめてみることだ。

クーネンとブライアン・クヌートスンは実験から、ギャンブルをする前にエロティックな写真を見せられた人は、机や椅子などのあたりさわりのない写真を見せられた人よりもリスクを負いやすいことを発見した。

これは、事前に報酬を与えられたせいで―たとえそれが、これからしようとしていることにまったく関係のない報酬であっても―ドーパミンを分泌させて報酬系を興奮させ、より軽率な行動を引き起こすのだ(このことは職場でのポルノを禁止するための確たる根拠になりうる)。

もし、あなたが、報酬にあまり敏感でない内向型ならどうだろう?

ちょっと考えると、ドーパミンと熱狂の研究によれば、目標を追求することで得られる興奮によって動機づけされて、懸命に働くのは外向型だけのように思われる。

では内向型の人はなにに動かされているのだろう?

ひとつの答えはこうだ。

たとえ外向型が報酬に敏感だという理論が正しくても、すべての外向型がつねに報酬にひどく敏感でリスクに無関心であり、すべての内向型が報酬にまったく動かされずつねに用心深いとはかぎらない。

アリストテレスの時代から、哲学者はすべての人間活動の根底に二つのものがあると観察してきた―人間は楽しみを与えてくれそうなものに近づき、痛みをもたらしそうなものを避ける、と。

集団として見れば、外向型は報酬を求める傾向があるが、近づいたり避けたりする傾向の度合いは一人ひとりさまざまで、状況によっても変化する。

じつのところ、現代の多くの性格心理学者は、脅威に対して用心深いのは、内向性よりも「神経症傾向」と呼ばれる特質であると言うだろう。

体が報酬や脅威を感じるシステムはたがいに独立して働くので、報酬と脅威の両方に対して、敏感あるいは鈍感であったりもする。

自分が報酬指向なのか、それとも脅威指向なのか、あるいはその両方なのかを知りたければ、つぎの文章が自分にあてはまるかどうか考えてみよう。

もし、あなたが報酬指向ならば、

  1. 欲しいものを手に入れると、興奮してエネルギーが湧いてくる。
  2. 欲しいものがあると、いつも全力で手に入れようとする。
  3. 絶好の機会に恵まれたと感じると、たちまち興奮する。
  4. いいことがあると、ものすごくうれしくなる。
  5. 友人たちと比較して、恐れることが非常に少ない。

もし、あなたが脅威指向ならば、

  1. 批判されたり怒られたりすると、非常に傷つく。
  2. 誰かが自分のことを怒っていると知ったり考えたりすると、ひどく心配になって狼狽する。
  3. なにか不愉快なことが起こりそうだと感じると、とても気持ちが高ぶる。
  4. 重要なことなのにうまくできないと不安になる。
  5. 失敗するのではないかと不安だ。

内向型が仕事を愛するもうひとつの重要な説明は、著名な心理学者ミハイ・チクセントミハイが「フロー」と名づけた状態にあるとされる。

フローとは、人間が物事に完全に没頭し、精神的に集中している状態のことだ-遠泳でも作曲でも相撲でもセックスでも。

フローの状態になると、飽きたり不安を感じたりせず、自分に十分な能力があるかと心配になったりもしない。

時間が知らぬ間に過ぎていく。

フローを経験する鍵となるのは、行動がもたらす報酬ではなく、その行動自体を目的とすることだ。

フローは外向型か内向型かには関係ないが、本を読んだり果樹の手入れをしたり、ひとりで海にヨットを走らせるなど、報酬とはなんの関係もない個人的な追求について、ひとりで海にヨットを走らせるなど、報酬とはなんの関係もない個人的な追求について、チクセントミハイはフローの例を書いている。

彼はフローが起こる条件について、人間が「報酬や懲罰などをまったく考えないほど社会環境から自由になったときである。

そういう自律的な境地に達するには、自分で自分に報酬を与えることを学ばなければならない」と書いている。

ある意味で、チクセントミハイはアリストテレスをしのいでいる。

彼はアプローチや回避の方法ではなく、もっと深い意味を持つ何ものか、について語っている。

外界のなんらかの行為に没頭することから得られる充足について、語っているのだ。

「一般に心理学の理論は、飢えや恐怖といった不快な状況を排除する必要性や、財産や地位や特権といった報酬を獲得することへの期待によって、人間は動機付けられるとしている」が、フローの状態では「仕事を続けることだけを目的として、何日もぶっとおしで働ける」とチクセントミハイは記している。

もし、あなたが内向型ならば、持って生まれた能力を使ってフローを見つけよう。

内向型は、持続力や問題を解決するためのねばり強さ、思いがけない危険を避ける明敏さを持っている。

財産や社会的地位といった表面的なものに対する執着はあまりない。

それどころか、最大の目標は自分自身の持てる力を最大限に利用することだったりする。

あなたは報酬に敏感な外向型に見られたいと思うあまり、持ち前の才能を過小評価してしまったり、周囲の人間から認められていないと感じていたりするかもしれない。

だが、大切だと思えるプロジェクトにいったん集中すれば、自分が限りないエネルギーを持っていることに気付くだろう。

だから、いつも自分らしくしていよう。

ゆっくりしたペースで着実に物事を進めたいのなら、周囲に流されて競争しなければと焦らないように心がけよう。

深さを極めるのが楽しければ、幅広さを求める必要はない。

一度にいくつものことをこなすのではなく、一つひとつやりたければ、その信念を曲げないように。

報酬にあまり動かされない性質は、わが道を行くための測り知れないパワーをもたらす。

自律性を活用してよい結果を得られるかどうかは、あなたしだいなのだ。

もちろん、それがつねに簡単とはかぎらない。

GE元会長のジャック・ウェルチは『ビジネスウィーク』誌のオンライン版に「あなたの内なる外向性を解き放て」と題した記事を載せたところで、その記事のなかで内向型に対して、仕事の場ではもっと外向的にふるまおうと呼びかけていた。

内向型は自分を信じて、できるかぎり堂々とアイデアを述べる必要がある。

なにも外向型を真似しなさいというのではない。

静かにアイデアを語ることはできるし、手紙で意思疎通することもできるし、講義としてまとめあげてもいいし、仲間の助けを借りてもいい。

内向型にとっての秘訣は、世の中の一般的なやり方に流されずに、自分の流儀を貫くことだ。

<シティグループ>元会長のチャック・プリンスは元弁護士で慎重なタイプだったにもかかわらず不適切なリスクを負い、危険な貸し付けをして、2008年の大暴落の先駆けとなった。

その理由を、彼は「音楽が続いているかぎりは踊りつづけなければならない」と表現した。

「もともと慎重な人間ほど、より攻撃的になる」とボイキン・カリーはこの現象を観察する。

「攻撃的な連中がみんな成功しているのに、自分はそうじゃない。だから、もっと攻撃的にならなくてはと考えてしまうのです」とカリーは言う。

経済危機でも成果を出す内向型の投資家の人々

経済危機の話となると、それを予見していた人々の話がつきものだ。

そして、そういう話の主人公はFUDを心に抱いているような性格である場合が多い。

彼らは、自分のオフィスのブラインドをおろし、世間の多数意見や仲間からのプレッシャーとは距離を置いて、孤独に仕事に集中するようなタイプだ。

2008年の大暴落の当時、利益をあげた数少ない投資家のひとりは、<ボウポスト・グループ>と呼ばれるヘッジファンドのマネージャーであるセス・クラーマンだ。

クラーマンは着実にリスクを避けながら成果をあげる手腕で知られ、自分の資産のかなりの部分をキャッシュで保有していることでも有名だ。

2008年の大暴落から二年間、多くの投資家が群れをなしてヘッジファンドから撤退するなか、クラーマンはボウポスト・グループの資産をほぼ二倍の220億ドルにまで増やした。

クラーマンはその偉業を、明確にFUDにもとづいた投資戦略で成し遂げた。

「ボウポストでは、恐れが大人気で、投資について言えば、あとで残念がるよりも今怖がるほうがずっといい」と、彼はかつて投資家への手紙に書いた。

2008年の大暴落へと続く数年間、クラーマンは「慎重さを固持した数少ないうちのひとりで、その発言はちょっとどうかしているのではないかと受けとられていた」とカリーは言う。

「みんながお祭り騒ぎをしているときに、彼はきっと地球最後の日に備えてツナの缶詰を地下に備蓄していたのだろう。

そして、誰もがパニックに陥ったとき、彼は買いに回った。

それは分析の結果じゃない。

そういう性分なんだ。

たぶん、彼はセールスマネージャーになっても成功しなかっただろう。

だが、今の時代の偉大な投資家のひとりだ」

同じように、マイケル・ルイスは2008年の大暴落への道筋を描いた『世紀の空売り』のなかで、世間が好況に酔っていた2000年代半ばに破滅がやってくることを見通していた数人の人物を描いた。

そのひとりはヘッジファンド・マネージャーのマイケル・バーリ。

バーリは大暴落までの数年間、カリフォルニア州サンノゼのオフィスにこもって財務諸表を綿密に検討した末に、世間の人々とは反対の見解に達した。

そして、FUDにもとづいた投資戦略をとった。

人付き合いが苦手な投資家ペアの、チャーリー・レドリーとジェイミー・マイ。

彼らの投資戦略もFUDだった。

もうひとつの例は、2000年のITバブルの崩壊を背景にしている。

登場人物はネブラスカ州オマハ出身で、内向型を自認し、気が向けば何時間もひとりでオフィスにこもることで知られている。

いまや伝説の投資家であり、世界有数の資産家でもあるウォーレン・バフェットは、あきらかに知的な持続性、賢明な思慮分別、警告信号に気付いて対処する能力の持ち主であり、彼自身だけでなく投資会社<バークシャー・ハサウェイ>の株主たちに巨額の富をもたらした。

バフェットは周囲の人々が判断力を失っているときに注意深く考えることで知られている。

投資で成功するのにIQは関係ない。

普通の知性を持っているなら、必要なのは、トラブルの種になるような衝動をコントロールする気質だ」とバフェットは言う。

1983年から毎夏、ブティック型投資銀行<アレン&Co.>はアイダホ州サンヴァレーで一週間のカンファレンスを開催する。

これはただのカンファレンスではない。

派手なパーティや、川でのラフティング、アイススケート、マウンテンバイク、釣り、乗馬といった多様なアクティビティ、そして招待客が同伴する子どもたちを世話する大勢のベビーシッターまで用意された、至れり尽くせりの豪華な催しなのだ。

接待側はメディア産業に顧客が多く、これまでの招待客のリストには、トム・ハンクス、キャンディス・バーゲン、バリー・ディラー(パラマウント映画や20世紀フォックスの会長兼CEOを歴任したメディア界の大物)、ルパート・マードック、スティーブ・ジョブズ、ダイアン・ソーヤー(ジャーナリスト、テレビキャスター)、トム・ブロコウ(ジャーナリスト、テレビキャスター)といった、ハリウッドセレブや新聞業界の大物、シリコンバレーのスター、有名ジャーナリストらが名前を連ねている。

アリス・シュローダーが書いたバフェットのすばらしい評伝『スノーボール』によれば、1999年7月、バフェットはこのカンファレンスにいた。

彼は毎年、ビジネスジェット機で家族をひきつれてここを訪れ、ゴルフコースを見渡せるコンドミニアムで他のVIP招待客とともに過ごしていた。

年に一度のサンヴァレーでの休暇を楽しみ、家族一緒の時間を待ち、旧友たちと再会できることを喜んでいた。

だが、この年、カンファレンスの雰囲気は例年とは違っていた。

ちょうどテクノロジー・ブームの最盛期で、新顔の参加者が数多くいた。

まさに一夜にして大金持ちになったIT企業の社長や、彼らに資金を提供するベンチャー投資家たちだ。

彼らはすばらしい成功を収めていた。

人物写真で知られるアニー・リーボヴィッツが『ヴァニティフェア』誌に掲載する「メディアのオールスターたち」と題した写真を撮るためにやってくると、彼は口々に自分も被写体にしてくれとかけあった。

もちろん、バフェットはそのひとりではなかった。

彼は先行き不透明な企業をめぐる投機的な熱狂に巻き込まれたりはしない、保守的な投資家だ。

彼のことを過去の遺物として片付ける者もいた。

だが、バフェットはまだまだ強力な存在で、カンファレンスの最終日に基調講演をした。

バフェットは数週間かけて講演内容を熟考し、入念に準備をした。

演壇に立つと、まずは自分の短所に触れる話をして注目を集めてから(昔の彼は人前で話すのが苦手で、デール・カーネギーの話し方講座で学んだという)テクノロジー関連企業の勢いがもたらしている好景気がそう長くは続かない理由について、詳細な分析を披露した。

データを調べ、警告信号に気付いたバフェットは、それが意味するものについてじっくり考えたのだ。

彼が予測を公的に発表したのはじつに30年ぶりだった。

シュローダーによれば、その講演を聴いた人々はあまり感銘を受けなかった。

それどころか、バフェットの話はその場の人々の雰囲気に水をさすものだった。

彼らはスタンディングオベーションで拍手を送ったものの、多くの人々が彼の考えを無視した。

「ウォーレンも老いた。頭のいい男だが、今回は機会を逃したな」と彼らは陰で言い合った。

その日の夜、カンファレンスは盛大な花火とともに閉幕した。

例年どおり、大成功だった。

だが、その集まりのもっとも重要な部分―ウォーレン・バフェットが発した、市場が衰退する兆しありとの警告―は翌年、まさに彼の警告どおりに、ITバブルが弾けるまであきらかにされなかった。

バフェットは過去の実績を誇りに思っているだけでなく、つねに自分の「内なるスコアカード」にしたがっていることも誇りに思っている。

彼はこの世界を、自分の本能に焦点をあてる人と、周囲に流される人とに二分している。

「自分であれこれ判断するのが好きなんだ」とバフェットは投資家としての人生を語る。

「システィーナ礼拝堂の天井画を描いているようなものだ。『なんてすばらしい絵だろう』と褒めてもらうのはうれしい。

けれど、それは自分の絵なのだから、誰かに『なぜ青ではなく、もっと赤を使わないんだ?』と言われたら、それで終わり。

あくまでも自分の絵だから。

彼がなんと言おうがかまわない。

絵を描くことに終わりはない。

それがなによりすばらしいことのひとつだ」